NOVEL4 ディセンベルカレッジ白書 4 |
「カガリ・・・?」 カレッジからオーブ寮まで徒歩10分程度の道のりを歩いてきたキラ達は、寮の前に見慣れた金髪の少女を発見した。 走り寄ろうとして、彼女と話をしている青年に気付いたキラの表情が厳しいものに変わり、足を止める。トール達も困惑の表情を浮かべていた。 青年の顔は死角のため見えないが、カガリは照れたような嬉しそうな顔をしていた。 しばらくして、その青年はカガリに敬礼をすると、そのままエレカに乗り、立ち去ってしまう。 状況が飲み込めないまま呆然と立ち尽くしているキラ達に、カガリが先に気付いた。 「キラ!」 ぱっと明るい笑顔を向けて、彼女がこちらに走ってくる。 「カレッジ終わったのか?いま帰り?」 「う・・うん」 「そうか、私もいま着いたところなんだ。明日からは一緒にカレッジに通うぞ」 カガリとキラは事情があって別々に暮らしているが、双子の姉弟だ。 幼い頃両親が亡くなり、カガリはアスハ家に、キラはヤマト家に引き取られることになった。 お互いの存在を知らぬまま二人はカレッジで出会ったが、昨年その事実を、お互い養父母から聞かされ、現在に至っている。 ただし、カガリはキラと違い、ナチュラルであった。 公務の都合により、数日遅れでプラントへ来ることになってしまったカガリは、キラ達が出発するとき、ものすごく機嫌が悪かった。 それはただ単に自分だけみんなから離れることに対する寂しさから来ていたものなのだが、こうして合流できたいま、そんな思いはどこにも残っていないようで、上機嫌だった。 「ねぇ、カガリ。いまの人は誰?」 先ほどまでカガリと一緒にいた青年が、キラには気になる。 「ん?ああ、ハイネのことか」 「ハイネ・・・さん?」 「うん。私の護衛として、ここまで送ってくれた奴だ」 「護衛って・・・」 だってあの人は・・。 「あの人、ZAFTでしょう?」 ここはプラントだから軍人がいるのは珍しいことではない。 しかしキラ達がよく見かけた兵士はたいてい緑色の軍服を着ていた。 あの青年が着ていた紅は、初めて目にする色だった。 その意味するところは分からなくても、カガリはオーブの要人なのだから、護衛なら当然オーブの人間が就くはずじゃないだろうか? それを一人もつけずに、他国の・・しかも軍人に任せるなんて。 ウズミさんは何を考えているのだろう。 キラは憤りを感じたが、実際はそうではなかった。 シャトルがプラントへ到着するまで、カガリにはしっかりとオーブからの護衛がついていたのだが、カガリが我侭を言って、そのまま追い返してしまったのだ。 それはカガリの計画のため。 常時護衛にベッタリとくっ付いていられては、恋人なんか出来やしないと思ったから。 「キラ、ハイネはZAFTだけど、いい奴だ」 「何言ってるのさ・・」 あっけらかんというカガリに、キラは呆れる。 ZAFTにいい奴も何もないよ。 「ZAFTっていうのは正規の軍隊なんだよ?あいつらは戦争に行って、兵器を使って・・・人だって平気で殺すような連中なんだ。分かってるの?」 周りに居るミリアリアたちも、不安そうに二人を見つめている。 カガリは立場上、オーブの軍人と交流を持つ機会も多い。 そのため軍人に対する警戒心が低いのかもしれない。 だけど、キラ達のような一般の民間人から見れば、連合やZAFTの連中は、オーブの軍人とは異質のものだ。 オーブは自国を守るためだけに軍隊を持つ。 従って志願する理由も、国を守るための者が多い。 だが、連合やZAFTは違う。 他国を侵略し、勝利を得るため。 つまり戦うために志願した者がほとんどだとオーブでは認識されている。 だから現実はどうであったとしても、キラ達のようなオーブの若者は共通して、他国の軍人に対する嫌悪感を少なからず持っているのだ。 「それは違う!」 「え?」 キラの言葉を、カガリは真っ向から否定した。 「あいつに・・・ハイネに、私は聞いたんだ。人を殺したのか?って」 「・・・」 「そしたら、あいつ怒った。本気で怒ってたんだ」 「カガリ・・」 「何とも思ってないなら、怒ったりしないだろ?」 あれは流石に失言だったとカガリは思う。 カガリだって、キラ達と同じような目でZAFTを見ていたけれど、ハイネと話すうちにそれは間違った認識だということが分かった。 彼等だって、好きで戦争をしたり、人を殺したかったわけじゃない。 そりゃ一部にはそういう人がいたから起こってしまった戦争だけれど、彼等の全てがそうではないということを、カガリはハイネに教えられたような気がした。 「それに、ちゃんと謝ったら、あいつ、許してくれてさ」 嬉しそうなカガリに、納得したわけではないけれど、キラは何も言えなくなってしまう。 「また会おうって言ってくれた」 「え!?」 しかし、これにはキラも驚いた。 「そう言ったの?彼」 「うん」 「ホントに?」 疑うキラに、カガリはムキになって言い返す。 「ホントだ!ハイネは嘘なんかつかない!」 その根拠は何だ?と問いたくもあったが、それより彼がどういうつもりなのかが、気になった。 護衛をしたのなら、カガリの身分を知らないわけはないだろう。 ZAFTの軍人ということもあり、どうしても何か裏があるようにキラは勘繰ってしまう。 そもそも再び会うことなんて出来るのだろうか? それとも彼には、再び会うことが分かっているとでも? みんなにも今度紹介するからな。と言って幸せそうなカガリの顔は、自覚があるのか分からないが、どうみても恋する乙女の顔にしかキラには見えない。 よりによってZAFTの人間に恋をしてしまうだなんて。 前途多難そうな彼女の恋を応援するかどうかは、ハイネという人物に会ってから決めることにしようと、キラは思った。 フレイ・アルスターは、ぶっちゃけ箱入り娘である。 母親を早くに亡くし、そのせいか父に溺愛されてオーブで大切に育てられたお嬢様である。 アスランも母親を亡くした時期は違えど同じ境遇であり、父親に溺愛されてはいたが、彼の場合、その父が極度の不器用な男であったため、自立心旺盛に育ち、勝手に軍隊に入った挙句、父親の心配を他所に世間の荒波に揉まれまくって、その結果、箱入り息子にはならずに済んでいた。 だが、フレイはそんなことは無い。 本来姫君であるカガリよりもずっとお姫様のような、本物のお嬢様である。 「どうしよう・・・」 フレイは今にも泣きそうな声で弱音を吐いた。 ここはカレッジの敷地内・・・のはずだ。 しかし、周囲の景色に見覚えは無いし、キラや、トール達の姿も無い。 そう、フレイは現在カレッジの敷地内で迷子になっていたのだ。 今朝はいつもと同じように、みんなで一緒に寮を出て、そして3限までは一緒だった。 その後、一人で教室に忘れ物を取りに行ったために、こんな事態に陥っている。 カレッジ敷地内の一角には、様々な木々が植えられ広くゆったりとした庭園が広がっていて、そこにはいくつかの東屋が点在しており、その中の一つを利用して、フレイ達はお昼を食べたり休憩を取っていた。 しかし、いつも何も考えずにみんなの後を歩いていたことが仇となり、そこへ向かう道が分からなくなってしまったのだ。 途方に暮れたフレイは、近くの階段に腰を下ろす。 じっとしていれば、キラ達が探しにきてくれるかもしれない。 そんな微かな期待を胸に。 座ってしばらく周囲を眺めていたフレイだが、やはりコーディネイターというのは容姿が整っているのだな。と改めて思う。 不細工という言葉が当てはまる者を見かけることが無いからだ。 彼等は自分達ナチュラルより優秀な頭脳を持ち、強い肉体を持っている。 だから、劣等感を持ち、彼等を憎むナチュラルも多い。 この気持ちも、そんなところからくるのかもしれないが、フレイはコーディネイターが怖かった。 そのため周囲の人間に道を聞くにしても、自分から声をかける勇気などなかったのだ。 「おい!」 突然、大きな声が背後から聞こた。 「え?」 振り向くとそこに、不機嫌そうな声そのままの顔で、銀髪の青年が立っている。 「邪魔だ。どけ!」 「あ・・・ごめんなさい!」 高圧的に言われて、フレイはびくっと肩を竦ませた。 彼女が階段に座っていたため、彼が校舎から外へと出るのを阻止している形になっていたらしい。フレイは慌てて立ち上がり、少し横へ移動する。 そして建物の中から明るい日の光の下へ出てきた青年を改めて見て、フレイは驚愕した。 見たことも無い見事なプラチナブロンドと、透き通ったアイスブルーの瞳を持つ青年の肌は白く、その容姿は芸術的といっても過言ではないくらい美しかった。 不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、フレイを睨んでいるという点をマイナスしたとしても、美しいという言葉に変わりはない。 そのまま通り過ぎるかと思われた青年は途中で振り返り、イライラしたように問いかけてくる。 「貴様、ゼミの人間ではないだろう?ここで何をしている?」 「あの・・・私、道に迷って・・」 その青年の凛とした声と不機嫌そうな表情に、フレイはたじろいだ。 相手がとても怒っているのだと感じ、怖かったからだ。 「迷子だとぉ?」 「・・・はい」 片眉を上げて訝しげに見つめてくる視線に、フレイはビクビクしながらも小さく返事を返す。 美人は怒ると怖いというが、その言葉を証明するかのごとく、鬼神のようなのような青年を前に、フレイはすっかり縮こまっていた。 「どこに行くつもりだった?」 「東屋へ・・」 嫌そうに問われ、泣きそうになりながらも何とか答えるフレイ。 このとき彼女は知らなかったのだが、実はカレッジ敷地内には、あらゆる場所に東屋が設置されている。だからこれだけでは通じないのだ。 「・・・」 目の前の青年は、何か考えているようだったが、しばらくして再び問われる。 「貴様、専攻は何だ?」 「情報工学です」 それが何か関係あるのかと首を捻っているフレイに、青年はそれを聞くと、ついてこい。と言って歩き出す。 うまく反応できなくて、フレイがそのまま立ち尽くしていると、早く来い!と怒られた。 今日のイザークは、誰が見ても分かる程、超不機嫌だった。 すれ違う学生全てが、彼の顔を見たら思わず1Mくらい後ろへ飛び退くくらいの怒気を身に纏わりつかせていた。 昨晩、ミゲルからザラ邸にいるイザークの元に、プライベート通信が入ったのだが、その内容を聞くなり、イザークは速攻で通信を切った。それすら予想済みだったのであろうミゲルは、あろうことかアスランの奴に手を回してきたのだ。 それはイザークにとって大変不愉快な内容であり、不本意なことでもあった。 今朝、食堂で会うなり、笑顔と共にアスランは言った。 『確か貸しが一つあったよな』 このときほど、ブルーコスモスを憎く思ったことは無い!というくらい、イザークはいま、ナチュラルが憎かった。 奴らのせいで、先日の貸しがまだ残っていたのだから。 おまけに良くないことは重なるもので、わざわざカレッジまで出向いてきたというのに、教授の都合で講義が急遽休講となり、全てが無駄足になってしまったのだ。 この時点で、イザークの決して高くない沸点を余裕で通り越していたというのに、極めつけは、コレだ。 外へ出るための階段に堂々と居座っている赤毛の女。 なんだってこいつは、こんなとこに座ってやがるんだ! こんなところにいられては、外に出られやしない。 「おい!」 不機嫌さを隠そうともせず怒鳴ると、その女はビクついたように振り向いた。 そんな態度にもイライラする。 聞けば迷子だというこの女を、機嫌が悪いこともあり、このまま放置しておこうかと思ったが、見るからにトロそうな女だったし、イザークは幼少の頃から、女性には親切にしなければならない。と、躾られていたこともあって、見て見ぬ不利をすることも出来ず、仕方なく連れて行くことにした。 情報工学の建物に近い東屋といったら、ここからではかなり遠い。 イザークがいま出てきたのは、どちらかといえば文系学部の多い建物で、理系は全く反対方向なのだ。 どうやったらこんなところまで迷い込めるのか、不思議でならない。 無言で歩くイザークの後ろを、女は大人しくついてくる。 とても会話をする気分ではなかったので、彼女が何も話しかけてこないのが唯一の救いとも思えた。 おずおずと女がこちらの顔色を覗うように覗き込んできたので、ギロリと軽く睨んでやると、、慌てて彼女は一歩下がり、俯いてしまう。 どうやら自分を怖がっているようだったが、好かれたいなどと微塵にも思っていないイザークにとって、どうでもよかった。 ただ、イザークのペースで歩いていたために、息が上がってしまっていた彼女に気付き、少し歩調を緩めてやりはしたが。 目的の東屋付近にたどり着いたところで、彼女も見慣れた風景だと思ったのか、周囲をキョロキョロと見渡している。 そして友人を見つけたらしい彼女が声を上げた。 「キラー!」 先ほどまでの弱弱しい態度は何処へやら、女はやたらと嬉しそうに友人の元へと走っていく。 キラ・・・? イザークはそのまま帰ろうとしたが、聞き覚えのある名前に動きを止める。 確か、アスランの幼馴染は『キラ』と言わなかったか? あのアスランに『すっごく可愛い』と言わせる程の『キラ』という女の顔を、一目拝んでいくのも悪くは無い。 そんな好奇心からイザークは彼等に近付いていく。 東屋の中には赤毛の女以外に、男3人と女2人が座っていた。 茶色い髪を持つ女と、金髪の気の強そうな女だった。 このどちらかがキラなのだろうか? だが・・・こう言ってはなんだが、普通ではないか? イザークの目から見て『すっごく可愛い』という部類にはとても当てはまらないような気がする。 この2人なら、よほど赤毛の女の方が美人だと言えるだろう。 それに、容姿の優劣で言えば、肩に鳥型ロボットを乗せた茶色い髪の男が一番整っているように見える。 まぁ、アスランより俺の美的感覚が優れているということだな。 そんな妙な優越感に浸りながら、イザークは帰ろうと踵を返したところで、いきなり誰かに腕を掴まれた。 振り返ってみると、それは赤毛の女だった。 「何だ?」 「あ・・あの。私、まだ貴方の名前を聞いて無いわ」 そんなことを言う女に、名を聞くときはまず自分から名乗れ!と言ってやろうとして、ふと思い出す。 確か『キラ』は、オーブから来たはずだ。 オーブカレッジの学生に、コーディネイターは少ないと聞いている。 アスランの幼馴染であるキラはコーディネイターだとしても、それ以外は間違いなくナチュラルだろう。 ということは、この赤毛も(俺の不機嫌の元凶である)ナチュラルか! そこまで考えてイザークはバッと腕を振り払った。 驚いた顔を向ける赤毛の女に、イザークは冷たく言い放つ。 「ナチュラルに名乗る名などない!」 そして踵を返し、振り向くことなくその場を去った。 |