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   オーブ領ヘリオポリスにおいて、地球連合軍が新型モビルスーツの開発を行っているとの情報を得たクルーゼ隊は、議会の承認を待たずに強襲をかけ、新型MS(通称G)奪取作戦を展開。結果、5機中4機を奪取することに成功した。
  連合軍に残された最後のG1機と新型戦艦をクルーゼ隊はそのまま追跡しているが、最高評議会へ奪取した4機の性能報告、および作戦の際に崩壊したヘリオポリスについての事後処理を行うために、隊長であるクルーゼとイザークだけが一時帰国することになった。

「イザーク、私はこのまま軍本部へ戻るが、君はどうする?」
  議会への報告が一通り終わり、共に議場から退出したイザークに対し、背筋をピンと伸ばし颯爽と前を歩いていた白い軍服の上官クルーゼは、立ち止まらずに視線だけを寄越した。
「自分も一度宿舎へ戻ります。途中になっている報告書もありますし」
  ヘリオポリス襲撃後、手付かずのまま放置されている報告書が溜まっている。
  そんな状態で、短いながらも休暇が与えられたとはいえ、悠長にそれを満喫するなど、生真面目なイザークに出来るはずがない。
「ふむ。しかし、君も連戦続きで疲れただろう。前線に残っている者には悪いが、せっかく与えられた休暇だ。楽しんできたまえ」
「いえ、しかし・・・」
  戸惑うイザークに、クルーゼは諭すように問いかける。
「それに、君には婚約者がいただろう?こういう情勢下だしな、次はいつ帰国できることか。だからこそ、彼女に会いに行ってあげるべきではないのかな?」
「隊長・・・」
「ああいや、君には少し申し訳ないことをしたと思ってな」
「は?」
  突然そんなことを言うクルーゼに、イザークは首を傾げた。
「アスラン嬢とのことはまだ内密だったそうだな。ザラ閣下はそこまでは仰っていなかったから、ついブリッジでその話をしてしまったのだよ」
  え・・・では、クルーゼ隊のほぼ全員が知っていたのは、隊長が!?
  だが、この話からすると、おそらく原因はザラ国防委員長にある。
  あの人の口下手のせいだったのか・・・。
「君とアスラン嬢は、婚姻統制に基づいた縁でもあるそうだ。実に素晴らしいことだな」
「はぁ・・」
  何のことだ?婚姻統制?

 コーディネイターは元々ナチュラルから生まれるが、最初に遺伝子操作されて生まれたコーディネイターを第一世代と呼び、その子供は第二世代となる。
  アスランとイザークの両親は共に第一世代のコーディネイターであるため、2人は第二世代となり、第三世代の出生率が落ち込んでいるプラントでは、二世代目のコーディネイターに婚姻統制を強いていた。
  それは子供が生まれる可能性が高い男女。つまり対の遺伝子を持つ者同士を結婚させ、出生率を向上させるというものである。

 婚姻統制の制度については、勿論イザークとて知っている。
  しかし、アスランとの婚約に際し、誰もそんなことを言わなかった。
「優秀な遺伝子を持つザラ閣下のご息女と、エースパイロットであり将来を期待された君達の結婚は、おそらくプラントの全市民が望むことになるだろう。そして生まれてくる子供は我々コーディネイターの希望というわけだ。いや、実に素晴らしい」
  はっはっは。と声を上げて笑いながら前を歩く上官の顔は、仮面で隠されているために、それが本心であるかどうか判断することは出来ない。
  しかし、ここで重要なのは、アスランとイザークが本当に婚姻統制に基づいた正式なものであるのかということだ。
  いや、クルーゼはザラ国防委員長から聞いたのだという。
  なら間違いない事実なのだろう。
  それならば、アスランの元婚約者だろうが、いやそれ以外の誰であろうと、イザークが遠慮する必要は全く無いではないか!(←元々遠慮するつもりも無い)
「イザーク、出発は2日後だそうだ。時間については後日連絡が行くだろう」
  議事堂を出たクルーゼは、用意されていたエレカの前でクルリと振り向き、イザークに告げる。
「はっ!」
  敬礼を返す部下に、一つ頷いてからエレカへと乗り込んだクルーゼの意図は明白だ。
  ここで自分と別れ、アスランのところへ行ってこい。と言うことなのだろう。

 クルーゼを乗せたエレカが見えなくなるまで見送った後、イザークは1人呟く。
「次はいつ帰国できることか・・・か」
  軍人であり、ましてやMSパイロットであるイザークは、最前線で敵と戦う。
  任務は常に危険と隣り合わせで、宇宙の果てで孤独に命を燃やすことだってありえないことではない。
  他人に負けるつもりは無いが、勝負には時の運もある。
  先のことは分からないのだ。誰にも。
  だったら・・・いや、だからこそ、イザークはこの婚約を最初は破棄しようと思っていた。
  先が見えない自分が、他人の人生を背負うなど。
  そんな無責任なことは出来ないと思ったからだ。
「・・・」
  イザークは向きを変えて議事堂内へと戻ると、エザリアに連絡を取った。
  ザラ家から何らかのアクションが無かったかを確認してみたのだが、母は不思議そうに首を横に振るだけだった。
  ということは、まだ婚約は解消されていないことになる。

 イザークは軍服から着替えもせずにエレカに乗り込むと、そのままザラ邸へと向かった。
  アスランに来るな。と言われたけれど、イザークは行かない。と約束してはいない。
  いきなりの理不尽な言われように、素直に従う理由も必要性も感じない。
  婚約者である自分が、彼女に会いに行くのは当然のことで、後ろめたいことなど何も無い。
  そんな言い訳めいた屁理屈をブツブツ呟きながら、己に言い聞かせているうちに到着したザラ邸の門前で、エレカを止めたイザークは、迷わずインターフォンを押した。
  たとえ門を開けてもらえなかったとしても、無理矢理にでも押し入るつもりだ。
  彼女の真意を確かめなければ納得出来ないし、ましてやそれが元婚約者に関わることであったなら尚更、己のプライドにかけて引くわけにもいかない。
  しかし、イザークが名前を告げると、門は何の抵抗も無く開かれる。
  そのことに半分拍子抜けしながらも、イザークは再びエレカを走らせて、ザラ邸へと入っていった。


 ザラ家の執事に、お嬢様はお庭に居らっしゃいます。と言われて庭園へと足を運んでみると、その言葉通り、アスランはそこに居た。
  周囲を季節の花々で埋め尽くされた東屋の中に腰を落ち着かせ、ティーカップを手に佇んでいる少女の姿は何とも幻想的で、周囲の景色と同調し、まるで妖精のようにも見える。
  イザークが近付くとそれに気付いた彼女は、こちらを向いて少し驚いたように目を見開いたが、すぐ口元にいつもの微笑を浮かべ、綺麗な翡翠に優しげな輝きを乗せた。
「こんにちは。イザーク様」
  前回別れ際にイザークに突きつけた言葉など、まるで忘れてしまったかのような笑顔だった。
  しかし、その直後、気まずそうに俯いてしまう彼女の様子が、やはりそれを忘れてなどいないことを物語っている。

 本当にあいつ等の言う通り、元婚約者とのよりが戻ったというのだろうか?
  だから俺と目を合わせようともしないのか?
  そんなにその男とやらがいいのか。
  この俺より、そいつの方が・・・いや、絶対にありえん!

 無表情の仮面の下に隠している、ふつふつと煮え滾る人一倍強い競争心と、訳の分からない噴火寸前の苛立ちを必死に理性で押し留めてアスランと対峙しているイザークは、最早限界コードギリギリの状態だった。
  ZAFT軍のアカデミーをトップの成績で卒業し、紅の軍服を纏うエリート中のエリートであるイザークは、幼い頃から勉強もスポーツも・・・つまらないゲームに至るまで、何をやっても負けた事など一度もない。
  そこからくるのであろうイザークの確固たる自信は、度重なる彼の戦績を華々しく飾るのに一役買ってはいるものの、日常生活においては常に暴走を引き起こす、はた迷惑なものであった。
  それを毎回治めるのは自然と幼馴染のディアッカの役目(でも、半分は失敗する)になっていたのだが、生憎彼は宇宙で取り逃がした連合軍の新型戦艦を、金魚の糞よろしく追っている最中だ。

 そもそも・・・そもそも、だ!!
  俺の婚約者なら、この俺だけを見ていれば良いではないか!
  誰だか知らんが、そのつまらない男(←イザークの中では既にこうなっている)と、この俺のどちらを選ぶのか(当然俺のはずだ)、今日こそハッキリさせてやる!

「アスラン嬢!」
  表情こそ変えていないものの、毅然としたイザークの物言いに、俯いていたアスランも何事かと顔を上げたが、
「はい?」
「うっ・・」
  あの時と同じだった。
  初めて会ったあの日と同じように、翡翠の眸をキョトンとさせて、不思議そうにこちらを見上げてくるアスランの表情のあまりの可愛さに、勢いに任せて決着をつけてしまおうと思っていたイザークの頭から、ぷしゅぅ〜〜っと湯気が抜き出て行く。
  そして、
「う・・」
「う?」
「ウサギは好きですか?」
「・・・」
  俺は、阿呆か!?
  イザークはガックリと肩を落とした。

 どうやら、此処に暴走するイザークを止めることが出来る人間がもう1人いたらしい。
  一気に脱力し、先程の勢いはすっかり消されてしまっても、だからといってこれで帰るわけにはいかない。まだ言わなければならないことがあるのだから。

  イザークは、東屋の中に座り、自分のために茶を用意してくれているアスランを眺めながら、そういえば。と思う。
  何故アスランは、何も言わずに門を通してくれたのだろう。
  来ないで欲しいと言ったのは彼女のはずなのに。

 何等変わりなく通された門。
  イザークの接近に驚いた彼女。
  そこから導き出される答えに、イザークは愕然とした。

 おそらくザラ邸の門が開閉するのに、彼女の意思は関係ないのだ。
  あの門はパトリック・ザラの意思によってのみ開かれる。
  つまり、父に会うように指示された人間とは、アスランの意思は関係なく会わなければならないし、逆に禁止された人間と会うことは許されないということか?
  今までイザークは、いつも次に訪問する予定を告げていたから、彼女は別段驚きもせず自分を迎えてくれたけれど、今日は特に連絡もせず直接来てしまった。
  おそらく、イザークが来たことすら、彼女にはたった今まで知らされていなかったのだろう。

 パトリック・ザラが愛娘を溺愛していることは承知しているが、これでいいのか?
  彼女は、こんな・・・まるで人形のような扱いに満足しているのだろうか?
  それとも、良家の子女というものは、皆こうなのか?

 今日のアスランは、ブラウン地に大柄の青い花がプリントされたAラインのワンピースを着ていて、白いレースのショールを羽織っている。
  柔らかそうな髪には白いリボンが編みこまれて揺れていた。
  確かに、容姿は言うまでもないが、いつ見ても可愛い服を着せられて優雅に微笑んでいるアスランは西洋人形のようだ。
  けれど、彼女は紛れもなく感情のある人間で、こんな扱いが良い訳がない。

 彼女が時々見せる遠い視線の先に、過去の婚約者の幻影を勝手に意識して、勝負だなんだのと息巻いていた自分がなんだか馬鹿らしくなってきた。
  思えば、イザークは何も知らないのだ。
  花を渡せば嬉しそうに受け取るアスランが一番好きな花は何だ?
  菓子を渡せば楽しそうに茶を入れるアスランが一番好きな菓子は何だ?
  ぬいぐるみを両手で抱えて微笑んだ彼女が、本当に欲しい物は何なのだろう?

 かつての婚約者のことが気にならないといえば嘘になる。
  だが、そんなことより、まずやらなければならないことがあるではないか。
  無論、いつか必ず勝負して白黒ハッキリ付けさせてもらうつもりではいるが(当然負けるつもりは無い)それよりも先に彼女の心の中での勝負に勝たなければ意味がない。
  アスランのことをもっと知りたいと思う。
  彼女の心からの笑顔を見たいと思った。

「イザーク様?どうかなさいましたか?」
  おそらく差し出された茶に手を付けようともせず黙り込んでいるイザークを心配して問いかけてきたのであろうアスランの眸を、イザークは真っ直ぐ見つめ返した。
「アスラン嬢」
「はい?」
「先日の件ですが、私は貴方の婚約者です。そうである以上、貴方を蔑ろにするつもりもありませんし、貴方が私の訪問を拒否する権利もありません」
「・・・」
「私は今まで通り訪問させて頂くつもりです」
「イザーク様・・・」
  此処でイザークが『宜しいですね?』と、念を押せば、彼女は落ちるだろう。
  彼女自身の意思でNOと言えないことを、俺は知っているのだから。
  だが・・・。

 俺は卑怯者になるのだけはゴメンだ!

「ですが、貴方が本当にお嫌なら、今ここで、もう一度拒否なさってください」
  一つの賭けだった。
  もし此処で再び拒否されたなら、潔く諦めようと思った。



 *  *  *



 カレッジの課題も終り、何もすることがなくなった昼下がりの東屋で、アスランが庭園に咲く花々を眺めていることは珍しいことではない。母が愛した菫色の薔薇園を中心に広がる庭園に季節を問わず様々な花が香りを漂わせ、気分がとても落ち着くのだ。

 昨夜アスランは、ZAFT軍本部に思い切って通信を入れてみた。
  厳格な父が私用通信を好むはずもなく、出ては貰えないかとも思ったが、最初に出た通信士さんがとても親切にしてくれて、ほどなく父と通信が繋がった。
  (軍本部は一時、アスラン嬢からの通信が入ったと、半パニック状態になっていた)
  家に戻らない日が続いていた父の体が心配になった事もあるが、どうしてもオーブ行きを許して欲しかったからだ。
  けれど、やはり父からの返事は色良いものではなく、考えておこう。という短い言葉だけを残して、アッサリ通信は切られてしまった。
  駄目。と言われてなくても、きっとそういうことなのだろう。
  キラのことは気になるけれど、アスランにはどうすることも出来ない。

 アスランは小さな溜息をつくと、メイドが用意してくれたハーブティーを一口、口に含んでみる。
  すると、ふんわりと甘い香りが口の中全体に広がっていった。
  そういえば、ハーブは精神を安定させる効果のあるものなどがあって、種類が豊富なのだという。紅茶好きなラクスに付き合っているうちに、アスランも紅茶については大分詳しくなってきたが、ハーブには縁がなかった。
  アスランが情緒不安定だというのなら、少しハーブの研究でもしてみようか。
  ぼんやりとそんなことを考えていた時に人の気配を感じて視線を向けると、そこに軍服姿のイザークが立っていた。
  突然現れた彼にアスランは少なからず驚いて狼狽してしまったが、すぐにいつも通りの笑顔を貼り付ける。


  挨拶を交わしながらも、覗ったイザークの顔色はあまり良くないように見えた。
  初めて見る彼の紅い軍服姿の凛々しさに見惚れながら、同時に申し訳なく思ってアスランは俯いてしまう。
  プラントに帰国したのはつい先刻なのだろうか?
  顔色からも覗える疲れを押してまで、着替えもせずにザラ邸へとやって来たのは、おそらく別れ際のアスランのセリフのせいに違いない。
  言葉の意味する通り、来なくても良かったのに。と思う反面、イザークの顔を見れたことが嬉しい自分に困惑する。

 何かを考え込んでいるらしいイザークは、一緒に東屋の中に座り、先程まで自分も飲んでいたハーブティーを出してみても、手を付けようとしなかった。
  先日のことを怒っているのだろうか。
  確かに、理由も話さず一方的にあんなことを言えば、誰だって気分を害するのは当たり前だ。
  今日だっておそらく、その理由を確認しに来ただけだと思う。
  でも、出来ればアスランは言いたくなかった。
  彼が本当に好きな相手を・・・明確な答えを知るのが怖いのだ。

「イザーク様?どうかなさいましたか?」
  それでもアスランは声を掛けた。
  このまま2人して黙っているわけにもいかないし、否はどう考えても自分にある。
  理由を聞かれたら素直に話そう。
  悲しいけれど、それで婚約破棄を申し渡されたらそうしようと思っていた。
  しかし、彼はアイスブルーの双眸をまっすぐアスランに向けると、予想外のことを切り出した。

「アスラン嬢」
「はい?」
「先日の件ですが、私は貴方の婚約者です。そうである以上、貴方を蔑ろにするつもりもありませんし、貴方が私の訪問を拒否する権利もありません」
「・・・」
「私は今まで通り訪問させて頂くつもりです」
「イザーク様・・・」

 彼は、有無を言わさぬ強い口調で、これからもアスランに会いに来ると言った。
  今までと何等変わりなく。
  そして続けられた言葉と、イザークのアイスブルーの双眸の真摯な輝きに、アスランは言葉を詰まらせる。

「ですが、貴方が本当にお嫌なら、今ここで、もう一度拒否なさってください」

 本当に嫌なら、もう来ないから。
  先の言葉が真実であるなら、もう一度言えと。
  彼は、アスラン自身に選べと言う。

 ここでアスランが拒否しなければ、イザークはまた来てくれる。
  何を悩む必要があるのだろう。
  自分はいつもカレンダーを見ながら、彼が来るのを楽しみにしていたではないか。
  彼が来るのを、心待ちにしていたではないか。

 でも、それではラクスのことは?
  彼の気持ちはどうなる?
  それは彼の気持ちを縛ることになりはしないか?

 けれど、選べと。
  父に与えられたもの全てを受け入れてきたアスランに、己自身が選んで良いのだと言ってくれたのは、彼が初めてだった。

「・・・嫌では、ありません」

 きっとこんな曖昧な言葉、イザークは望んでなどいないだろう。
  しかし、ハッキリとそれを口にすることは、今のアスランには出来なかった。
  自分がイザークの隣に居て良いのか、彼を縛ってしまって良いものか、自信が無いのだ。

「そうですか」
  それでも気のせいだろうか?一つ溜息を付いてから返ってきた彼の言葉と、その表情は、心なしか嬉しそうに見えた。
  そして、それまですっかりその存在を忘れ横に放置されていた花束を、すこし慌てたように渡された。シンプルな白いフリージアの花束は、意外とセンスの良い彼らしい選択だと思った。
  だからアスランはいつもと同じように笑顔でお礼を言う。
  いつもなら、いいえ。と短い返事があって、それで終わるはずだった。
  しかし、どこか可笑しかった?
  今日はイザークから、少し違う返事が返ってきたのだ。

「アスラン嬢は、何か欲しいものはありませんか?」
「え・・?」
  何故そんなことを聞くのだろう?
「欲しいもの・・・ですか?」
「ええ。いつも私が選んでいますが、もし何か希望があればお伺いします」
「・・・」
  もしかして彼は、先日の言葉を勘違いしているのだろうか?
  アスランが、贈り物を気に入らないから、あんなことを言ったのだと?そう思っている?
「あ、あのイザーク様・・」
「はい、何でも言ってください」
「いえ・・その」
  違うのだけれど。
  何か不満があるとか、そういうことから出た言葉ではないのだとアスランは否定しようとしたが、イザークの意思の強い双眸は、何か希望を言わざるを得ない雰囲気を醸し出していた。

 だから仕方なく、アスランは一生懸命考える。

 とはいえ、元々物欲があまり無いアスランは、そんなこと改めて聞かれても困ってしまう。
  う〜ん。と小首を傾げて考えていたアスランの脳裏に、ふとラクスの言葉が浮かんだ。

『男の方は、お好きな相手の我侭は嬉しいものですもの』

 以前、アスランは父にお願いしたことがあった。
  しかし、父は首を横に振るだけで聞いてもくれなかったのだが、イザークがほんの少しだけでもアスランのことを想っていてくれるなら、こんな我侭も叶えてくれるだろうか?

「イザーク様」
「はい、何でしょう?」
  考え込んでいたアスランが口を開くと、待ちわびていたらしいイザークが直ぐに返事を返してくる。何を言われるのかと少し緊張した面持ちでいる彼に、それほど大したものではないのだけれど。と気後れしながらも、アスランは言った。


「私、ザクが欲しいのですが」


「・・・・・・・・は?」

 数秒、間があいて返ってきたイザークの気の抜けたような返答に、聞こえなかったのだろうかと、アスランはもう一度言ってみる。

「ですからザクが・・・」
「・・・」

 そう、イザークは未だに知るところではないが、大のロボット好きであるアスランは、前々からザクを解体し、内部の構造を見てみたかったのだ。


 アスラン・ザラ15歳。
  才色兼備と謳われる彼女は、我侭の限度と世間の常識にかなり疎い、どこかぶっとんだ女性であった。


2005.09.12
補足:ザク=ザクウォーリアの略
補足2:ザクウォーリア=ザフト軍が開発した人型の軍事戦闘兵器。モビルスーツの一つ。

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