東方の商人 >>   

「できあがったよ!」
 きれいでしょう?そういって喜ぶ彼に、私はふとある疑問を覚えた。
「私たちはもう結婚しているの?」
 我ながら、何かおかしいセリフだとは思った。

いや、おかしかったのは私だけではないと思う。充分に、ラルもおかしかったから。
「まだだよ、どうして?」
不思議そうな顔をしてラルは言った。
「だって、これ…」
私の薬指には、ついさっき嬉しそうに部屋に入ってきたラルにはめられた指輪がはめられている。
「誓いの儀式は、この国には無いの?」
 この国がどうかは知らない。ただ私のいたキリシュには、夫婦になるための儀式として神の前に永遠の愛を誓うと言う風習があって、指輪はその時になって始めてはめるものだった。
「あるよ〜。たくさん人を呼んでね、神に供物をささげて、指輪を奥さんに渡して、ささげた供物を切り分けて呼んだ人に配るんだ」
「その儀式の前に、指輪をはめてもいいの?」
「普通はダメだけど、別にいいよ。だってせっかく出来たんだから、早くつけたいでしょ?」
みてみて〜と、とても暢気にラルは自分の左手の甲を見せる。薬指には私のつけているものをひとまわりかふたまわり大きくした赤い指輪がある。
「神様の前で誓い合うとか…そういう儀式はしないの?」
 不思議に思って私が尋ねると、ラルはきょとんとした顔で私を見た。
「したいの?」
「私は・・・・・・別に」
 私はと言うと、正直なところでしたいとは思っていない。キリシュでは一応信仰する神様はいたけれど、私はそんなに信仰心が厚いというわけではなかった。それに、この国の神はきっと私の信仰していた神様とは異なるものだろうし。
「じゃあしないよ」
「いいの?」
「うん」
即答したラルは、うつむいて私の指にはまった指輪を眺めながら言った。
「かみさまなんていないよ」


 彼がそのあと何も言わなかったのと、表情が良くわからなかったのと、何かを聞いてはいけないような雰囲気だったのもあって、私はしばらく何も言えずに、ただラルが私の指を眺めているのを見ているしか出来なかった。
「あ、でもね!」
 ぱっと顔を上げて、一変して明るい表情になったラルの声に私は驚いて手を引っ込めた。それを気にしないかのように、ラルは私の両手を取って言う。
「川に行くよ!」
 話のつながりが、見えない。
「月が満ちたら川に行くからね!イリスは始めての外出だから、それの準備もしないといけないよね。明日にでも仕立て屋を呼ぶから、色々一緒に選ぼう!ついでだから普段の服も一緒に仕立ててもらおうね」
あれと、これと、とラルは指折り必要なものをあげていく。なんとなく聞くタイミングをはずしてしまった・・・いや、はぐらかされた。
だからなんで川に行くのかはわからないけれど、きっとこの国の風習なのだと思うことにする。
「じゃあ仕立て屋の手配をしてくるから、待っててね!」
 ひとしきり作らせるものを挙げ終えてから、そう言ってあわただしくラルは出て行った。
彼のいなくなった部屋は途端に静かになって、私はすることも無く腰掛けていた寝台に横になる。何もすることが無い時間は、とても長い。こんな時間をキリシュではどう過ごしていただろう。少ししか時間はたっていないはずなのに、思い出せない。
 軽く目を閉じると、うっすらとした眠気に誘われて意識が落ちていく。夢で、兄の声を聞いたような気がした。