東方の商人 >> | ||
体が熱い。 倦怠感とそれに付随する熱と、鈍く痛みを訴えてくる頭。 熱を出すなんて何年ぶりかしら。 どっちにしろすることなんてないのだから、ぼんやりベッドに横たわっていると、いつものように朝の挨拶をしにやってきたラルが私を見て真っ青な顔をしてどこかに飛び出していった。 さっき見ていた夢を思い出す。 セピア色をした世界に、私はひとりぼっち。 どうして、だれもいないの? 問いかけても、返ってくる答えはなかった。 部屋に入ってくる光の色で、あぁもうお昼なのね、と呑気に考える。 褐色の肌をした医者がラルと話している。なんといっているのかは終始分からなかったけれど、多分薬だとかそんな話だろうと勝手に検討をつけた。 とてもあつくて、だるい。 絹のシーツは冷たくて気持ちがいいと思いながら、私はゆっくりと眠りについた。 あぁ、私、ここに来てからこのかた、一日を眠って過ごさない日なんてなかった。 ひんやりとした感触にふと目を開けると、ラルが心配そうに私を覗き込んでいた。 「だいじょうぶ?」 こころなしかいつもより幼い声でたずねられる。 まだ部屋は明るいままで、さっき眠った時からあまり時間がたっていないのだと思う。 相変わらず体がだるく、声を出すのも億劫で、首だけを縦に動かして意思を伝えた。 彼は少しほっとしたような顔をしたけれど、すぐに真剣な表情になって、私に言う。 「医者は、疲れとかストレスだっていってた。あと気候とか、イロイロ」 イリスがここに来てからそんなに経ってないもんね。なれない生活でつかれたのかな。 にっこりと彼は問う。 「・・・・・・そう、ね」 何もしていなくても疲れると言う事があるのだという。 そうか、そう言われれば、疲れているのかもしれない。小さい時は無理をしてすぐ熱を出す子供だったみたいだから。 「なにか欲しいもの、ある?」 そういう彼の問いかけに、私はゆっくりと首を横に振る。 「そっか・・・」 また冷たい感覚に意識が浮上させられる。首に冷たい布を当ててもらっているのだとやっと気がついた私は、相当熱が高いのかもしれない。 「しごとはないの?」 思い立った事を掠れる声で尋ねてみると、案の定苦笑いが戻ってくる。 彼は意外に仕事熱心だ。何があっても仕事の時間であったり話があったりすれば、私のいるこの部屋からさっさと出て行ってしまうのに。 「いいんだ」 深い色をした彼の瞳が微笑んだ。 「だって、僕の家にイリスと話せるのは僕しかいないじゃないか。そうしたら誰も君の看病なんて出来ないよ」 あぁ、でも。 唇がゆるやかに動く。 「もし僕がいない間にイリスが病気になったらどうしようかなーぁ」 優雅につむがれる母国の言葉はとても心地がよくて(普段聞こえてくる言葉を少しも理解する事ができないのでその分更に)、あれだけたくさん眠っていると言うのにまたふわふわした眠気がやってくる。 あぁ、本当に寝てばかり。 こんなに眠ってばかりいて、一向に太る気配がないのはなんでかしら。と、少しふしぎにおもった。 また同じ夢を見た。 セピア色の世界に私はひとりぼっち。 誰もいないの。私以外は誰もいない。記憶の中にいる兄や、父。ラルでさえいない。 さみしくなんてないけど、ないはずなのだけれど。 どうしてだれもいないの? だれか、いないの? 「いますよ。ここにちゃんといます」 にこりと、可愛らしい微笑。 あぁ、そう。私はひとりぼっちじゃないのね。 少しだけ嬉しくなって、私も微笑んだ。 熱を出した時の夢は、さみしいけどとても優しい。 セピア色の世界が少しだけ色づいて、なんだかちょっとだけほっとして、ゆっくりと意識が夢よりも奥に沈んでいく。 ゆっくりと。ゆっくりと。 しずんでいくのだ。 |
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