カツカツ、と。
黒板に書かれていく文字を見ているつもりがせいぜいで。
「利久(りく)? どうしたの」
隣に座る香納 唯(かのう ゆい)の声にハッとした。
「え」
横を見ると、曇った瞳に出くわす。
「心ここに有らず、という感じだけど」
大丈夫? と。
「あ、うん、……ちょっとぼうっとしてた……」
へらっとなんとか笑い、平気だと言う。
「そう。――無理はしないでね」
小首を傾げ、けれどそう言うと唯は前に向き直る。
はぁ、と溜息を吐く。
精神的にも、肉体的にも本調子でない自覚はある。
が。
唯に心配をかけてしまうほど、おかしな様子なのだろうか。
そこまで考え。
そもそも寝覚めが悪かったのがいけなかった、とげんなりする。
視界一杯に広がった水。
硝子越しではなく水中にいるのだということは身体の感触からすぐにわかった。
驚きで吐いた息のごぼっという嫌な音がして。
次の瞬間には息が苦しくなった。
――死ぬのだと、その時思ったことをよく覚えている。
藻掻いた腕が空気に触れることなど無く。
身体から酸素が失われていく一方だった。
ただ苦しさと混乱だけで自分がどのような状態に置かれていたのか、知らないままだった。
生々しい、あまりにもリアルな、――夢だった。
そう、思い出すと、身体が震え始めた。
カタカタ震える手を押さえるだけでは止まず、身体全体を抱き締めるようにして押さえ込む。
ぎゅっと唇を噛み締めると。
「利久」
唯が強く自分の名を呼ぶのが聞こえた。
そして、肩に手が置かれた感触と、
「先生」
「なんだ、香納? どうした授業中に」
「依知川(いちかわ)の顔色が真っ青です。このまま授業を受けるのは酷だと思われます。保健室へ連れて行ってもいいでしょうか?」
「あ、ああ。そうだな。早く連れて行って休ませてやれ」
「はい」
そんな、先生とのやりとりが遠くに聞こえた、と思う。
「利久、行くよ。――利久? 利久っ!」
その後。
教室は一時、騒々しいことになったと後で聞くことになる。