いきなりボスキャラ登場! >> 魔法街へようこそ 〜紫の場合〜 | ||
突然だが、「美人」とは難しい言葉である。美醜の基準は所詮主観的なものであるから、ある人から見れば絶世の美人だが別の人には人三化七ということもあり得る。 環の「母」は、余程の変人以外には「とんでもない美形」と認められるタイプだった。 ともすれば女性的にみえてしまいそうな柔らかい顔立ちをきりりとした表情が引き締めて、更に年代物らしい片眼鏡がアクセントを添えている。肌は透き通るように白く、肩の下辺りで緩やかに纏めた髪は艶やかな灰色、瞳は朱色混じりの金。 日本人に有得ない配色のこの人は、名前を阿久津縁というそうだ。 「それでは、時給900円に昼食つきということで。勤務時間は・・・」 「ちょっと、母さん!!」 初めて環が大声を上げるところを見た。 着ているシャツの袖を掴まれながら、紫は思う。 先ほど二人が阿久津古書店の暖簾をくぐると、上田母は奥に設置された巨大な作業机の一角を占領して、縦1メートル厚さ15センチはあろうかという巨大な洋書を広げている最中だった。 これまでと同じような調子で紫を紹介する環に頷いた阿久津は、次に紫を頭の天辺から足の先まで眺め、唐突に「バイトをしましょう」と言い出した。 そして、この会話である。 「おや、どうしました、環くん」 「いや、頼むからユカちゃんの意見も聞いてやってよ・・・」 息子の諦めかけたような進言に、縁は少し首を捻る。 「現在、どこかで働いていますか?」 「・・・いいえ」 「収入のあては?」 「有りません・・・」 「文字は読めますか?」 「・・・はあ」 「問題ありません」 何かが激しく間違っている。 助けを求めて環を見ると、「許せ」もしくは「南無阿弥陀仏」とでも言うように、合掌された。 「いつまでも里山家の居候というのも難ですし。せめて家賃は入れてあげなさい」 「それは・・・」 士郎が「好きなだけ居れば良い」と言うのに甘えて里山薬局に居座っているが、考えるまでもなく彼に紫を養う義理はない。いや、それよりも・・・ 「出て行くのは構いませんが、行くあては?」 心を読んだかのようなタイミングで、縁が言った。 「あ、その・・・」 「袖触り合うも他生の縁ですよ」 尋常ではない美形に至近距離から微笑まれて、敢えて逆らえる人間はそう多くない。 「・・・母さん、プライバシー侵害」 「防御しないからですよ?」 「普通出来ないって・・・」 隣では、意味不明な母子の会話が続く。 こうして、紫はなし崩しに働く事になった。 「何故だ」 アルバイトの件を話すなり、士郎が言った。 「いや、俺にも何がなんだかわからないです」 「繰り返しになるが、何故敬語を使う」 「・・・何度も言いますけど、こっちの方が喋りやすいからです」 初対面ではぞんざいな口をきいたものだが、相手は相当年上でこちらは居候である。自然と畏まった口調を使うようになった。 「家賃はいらん」 「いや、そういうわけにもいかないし・・・」 「いらないから、家を手伝ってくれ」 がっちりと両肩をつかまれて、至近距離で目を合わせられた。上田父とまではいかないが士郎もかなり目つきが鋭いから、傍から見れば凄まれているようにしか見えないだろう。 「別にいいですけど・・・」 「そうか」 「阿久津さんの手伝い、断らないと」 「俺から謝ろう」 士郎は紫の肩を一つ二つ叩いてから、電話をかけに行った。 そして数分後に戻ってくると、開口一番「すまん」と言って頭を下げた。 「増えた」 「何が?」 「いや・・・すまん」 士郎はひたすら頭を下げ続け、「増えた」のがアルバイト先だと判明するのには数分を要した。 こうして、なし崩しに阿久津古書店の従業員になった紫は、次の日からいきなり忙しくなった。 環によると、魔法街に新入りが来ることが珍しいせいで、人手不足の店は常に争奪戦だという。 現在のスケジュールは、次の通り。 朝食の後、午前中は薬局の受付と雑用を引き受ける。昼前に五件先のレストラン(兼喫茶店兼バー)に行って縁のツケで早めの昼食。その後二時間レストランを手伝ってから阿久津古書店に向かい、日暮れまで働く。その後里山薬局に戻り、夕食。 貯金は順調に貯まっていくものの、それを使うヒマもない。 「はるまさ〜ん?」 「はあい」 ウィッチズ・キッチンの入り口で声を掛けると、すぐに春麻が出てきた。今日は圭士がいないらしい。 キャミソールの上に短いパーカーを羽織り、踝まであるロングスカートの足下は踵の高いサンダル。性別を知らないで見れば・・・性別を知っている者の目から見ても、よく似合っている。 「これ、阿久津さんからです」 「はいはい・・・ちょっと待っててね?」 紫がアルファベットが並ぶ本数冊と細かい字がびっしり書き込まれた紙片を手渡すと、春麻はそれに目を走らせ、荷物を抱えて一旦店の中に戻った。しぐさと言い歩き方と言い、どう見ても女性である。 最初に表で会ったときは目を疑ったが、もう慣れた。 ・・・誰かに訴えたところで、「魔法街だから」で片付けられるのはわかりきっている。 |
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