イベントは唐突に起きる! >> 魔法街へようこそ 〜紫の場合〜 | ||
その日紫は、阿久津に借りた本をレストランの従業員控え室に忘れたことに気がついた。 明日回収しても良いのだが、このことを阿久津に知られたら・・・かなりまずい気がする。 最近学習したが、彼の中では本と金がかなり上位に喰い込んでいる。その他に高い位置を占めるのは靖臣と環、それに魔法街全体などだが、その本を粗末に扱った者の扱いがどんな事になるのか。 古書店で気がつかなくて良かった・・・ 安堵しつつ、こっそり裏口から抜け出して、レストランに向かう。 外に出ると、既に夜だった。 空にはぽっかりと満月が浮び、立ち並ぶ店は皆締め切っている。 そんな中で「あ、ちょっとスミマセーン」と、にこやかに声をかけられれば、こちらも「どうしました?」と、礼儀正しく聞き返すのが筋だろう。 ただし、相手が全長百メートルはありそうな大蛇でなければの話。真っ赤な鱗が月明かりと街灯に照らされて大層美しいが、それとこれとは別問題だ。 紫はそのまま気絶したので、後のことは知らない。 いきなりばったりと倒れてしまった少年を見下ろして、大蛇は途方に暮れた。 「なに、どうしたの!? ねえ、ちょっと!!」 慌てても、気絶した人間は返事をしない。 とりあえず、ひき潰さないように牙に引っ掛けて持ち上げてやる。 ところで、魔法街では日が暮れたら一人で外を歩かないのがルールだが、自分を守れる自信があれば別に禁止はされていない。 その日所用で外に出ていた堤春麻は、三軒長屋の隣で、巨大な蛇が向かいの住人を口に銜えて持ち上げているのを見つけた。 こんな時、魔法街の住人はどうするべきか。危険対策のマニュアルに従い、春麻はとりあえず、叫んでみた。 「ユカちゃんがー! おっきい蛇に食べられかけてるよ―――!!」 そして、逃げた。 直接戦闘に有効なスキルを持っていない春麻の、これが限界である。 見る間に、そこら中の家が窓を開け、腕に覚えのある連中は適当な得物持参で外に出てくる。 一連の出来事についていけず、つい傍観してしまった大蛇は、ふと我に帰って紫を下に下ろし、叫ぶ。 「ちょっと待て――――!! 人聞きの悪いこと言うな!!!!」 言葉が通じるらしい。どうやら敵意もないようだと気がついた一同は、少し安心した。 「俺は! 人を探しに来ただけなんだ!」 満月を背後に、大蛇が主張する。中々に非現実的な光景だが、魔法街の住人は慣れているので気にしない。そうなればお節介の多いこの界隈、誰を探しているんだという方向に話が進むのは、もう当然のような物で。 「タマキって、知らない?」 一同、絶句した。そして、ある意味納得した。 魔法街でタマキと言えば、創始者たる阿久津・上田コンビの一人息子しかいない。アレならおかしくない。しかし、明らかに異次元の生き物であるコイツが、アレに何の用だ。 一同がそんな事を考えて一瞬躊躇した隙に、大蛇は踵(?)を返してにょろにょろと、逆方向に行ってしまった。 「たまき―――!! いないのか――――!?」 「目の前、マキちゃんの家なのに・・・」 春麻がぽつりと洩らした言葉で、一同は我に返った。 数人が意外と俊足な大蛇の後を追いかけ、残りは家に帰っていく。路上に放り出されたままの紫は、薬局から出てきた士郎が回収した。 その後蛇がどうしたかなんてことは、殆どの住人にとって他人事に過ぎなかったので、その夜三軒長屋の環の家で何があったかは不明である。 次の日、奇妙な夢を見たな・・・と思って目覚めた紫は、環から新しい住人を紹介された。 平日の昼に堂々とレストランに現れた環は、丁度昼食のポークソテーセットをつついていた紫に向かって、次のように言った。 「あ、ユカちゃん。紹介するね? 俺の彼氏」 「どうも、漁火です。よろしく〜」 「・・・はい?」 環と並んで入ってきた男は2メートル近い長身で、それがひょろ長く見えないだけの立派な骨格と筋肉を備えていた。目元の涼しい美男だが、にこにこと笑う表情は結構幼い。ライオンの鬣のようなふさふさした髪の毛は豪勢に腰まで伸ばされて、色は目に痛いくらい鮮やかな緋色だ。 着ているものは見るからに適当なTシャツとジャージだったが、本人のインパクトが強烈すぎる。私服姿でぞんざいな口をきいてもどことなく優等生然とした環と並べると、恐ろしく違和感があった。 ところで、「イサリビ」とは名前か名字か通称か。 「・・・えーと」 当たり障りのないものから明らかに問題のあるものまで沢山の返答を思いついたのだが、咄嗟に出てきたのは 「委員長・・・も、ホモだったのか・・・?」 という、問題がある方の発言だった。 「さあ、どうだろ?」 環は怒るでもなく、首を傾げる。 「女性も含めて人を好きになったことも欲情したこともないから、良くわからないんだよね」 「・・・・・・」 これは強烈な惚気なのか、それとも別の何かなのか。紫には判断が付きかねたので、同じテーブルに座って注文をする二人と一緒に、当たり障りのない会話をすることに決めた。 「で、何で学校サボってるんだよ」 「ああ、それは朝まで離してくれなかったこのヒトのせい」 「・・・・・・」 環は「風邪気味で」と言うのと変わりない調子で告げ、漁火は「テヘv」とかいう具合に笑っている。 まず、当たり障りのない会話を探すのが大変だった。 |
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