思い切り良くダンジョンに突入! >>   魔法街へようこそ 〜紫の場合〜

 その時上田靖臣は、昼食を取ろうとしていた。いつもなら日曜の昼食は相方や息子が一緒なのだが、今日は二人とも都合が悪いと言うので一人きりである。
 インスタントラーメンにたっぷりの肉野菜炒めを乗せたものと白いご飯、胡瓜の浅漬けを卓袱台に並べてさあ食べようかと思ったとたんに、電話が鳴った。
「はい、上田生花店」
『私です』
 電話の向こうから、相方の声がした。
『今、××ホテルのラウンジにいます』
 ここからだと電車で二十分ほどかかる有名なホテルを挙げられ、知らず眉間に皺がよった。
「・・・その心は?」
『隣は○△商社の本社ビル』
「?」
『分かりませんか? 紫くんの実家ですよ』
 心底面白がっている時特有の含み笑いが、受話器越しに漏れ聞こえる。
『それでは、行って参ります』
 通信が切られてから暫くの間、上田はそのままの姿勢で突っ立っていた。
 昨日、環が珍しく切羽詰った顔で紫の実家の者が学校で待ち伏せをしていたと告げ、助けを求めた。上田にしてみれば、行方不明になってから一ヶ月以上、再び学校に通い始めて一週間も経った今になってようやく来たことこそ驚きなのだが。
 考えてみれば、環が頼みごとをしてきたのは幼いころ以来だ。
 即座に『任せとけ』と答えたのは、親として当然のことであろう。
 ・・・縁も、同じことを言った。
 何か仕掛けてきたら迎撃してくれようと(既に思考が戦闘体勢になっている)敵のことを(会った事もない相手に、大概失礼である)調べていたのだが。
 ・・・あちらから来るのを待たずに、突撃して行ったらしい。
「お前、張り切りすぎだ」
 ぽつりと呟くが、声の届く距離にいないので如何ともしがたい。そもそも、他者の意見を素直に聞く奴ではない。
 とりあえず、飯にしよう。
 再び卓袱台の前に座った靖臣は、ラーメンを汁一滴残さずに平らげた後、胡瓜の浅漬けで白米を食べた。
 食後の焙じ茶までしっかり堪能した後、食器を洗って卓の上をきれいに拭く。
 店に客が来る様子はない。
「う〜む」
 することがなくなってしまった。
 それでは、紫に事態を説明しなければならんのだろう。今の時間なら・・・食堂か。
 やれやれと立ち上がった靖臣は、店先に「本日休業」の札を出して家を離れた。

「おおい、紫」
 レストランのドアを開けて入ってきたのは、同級生の厳つい父親だった。彼らは男同士だが「父」「母」と役割が決まっており、本人を含めて誰一人それを疑問に思っていない。何故なら、ここは魔法街だから。
 話がそれたが、その父親であるところの上田靖臣は、わき目も振らずに紫のいるテーブルまでやってくるなり向かいの席に座った。
「昼飯中に悪いな。一つ答えてほしいんだが」
「はい?」
「お前の家族に、年寄りはいるか?」
 紫は昼食のカレーを食べる手を止めた。
「祖母なら」
「そうか・・・婆さん、心の臓は丈夫か?」
「? 最後に会った時は元気でしたよ?」
 何故か悲壮な顔になる上田。店主の熊さんはその様子を遠くから窺うだけで、近づこうとしない。
「落ち着いて聞けよ?」
「な、何ですか!?」
「縁が、親父さんの会社に殴り込みをかけた」
「な・・・」
「父さん!!!!」
 紫が何らかの反応を返すより先に、ぶち壊さんばかりの勢いでドアを押し開けて、環が駆け込んできた。
「父さん!! 父さん、どうしよう!!」
「おう、どうした?」
「母さんが!」
 ここまでは父親の言い分と同じである。しかし。
「イサを拉致ってユカちゃんの実家に連れてった――――!!」
「んなっ・・・あの野郎・・・!」
 熊さんが本格的に避難を決め込んで店の奥に入ってしまい、他の客は勘定をおいて出て行った。そんな中で、慌てる環と苦々しい表情を隠しもしない靖臣に挟まれて、紫は一人だけ、事態についていけない。
 縁が父の会社に行くのは・・・自分のためだろう。しかし、どうして漁火を連れて行くのだ。
「今から走っても追いつかないな。車を出すから、お前らついて来い」
 こうして、上田生花店のミニバンが○△商社目指して出発した。

「覚悟はいいな!?」
「はい!」
「後悔するなよ!?」
「あの・・・なんでそんなにテンション高いんですか・・・?」
 これから出発する特攻隊のような悲壮感を漂わせ、妙に気合の入っている上田親子に、紫はおずおずと突っ込みを入れた。
「行くぞ!!!」
 それをスルーした上田父が、雄雄しく宣言する。場所が目的地から歩いて十分くらいの有料パーキングなのが残念だ。
「ユカちゃん・・・一応言っておくけど、何を見ても驚かないようにね?」
 環の言葉が不気味だ。
 ところが、パーキングを出てしばらく歩くと、向こうから歩いてくる阿久津縁と行き会った。
「「遅かった・・・・・・」」
 上田親子が揃って呟く。
 そんなことは無視して阿久津は、「ああ、来ましたか。手間が省けた」と微笑んだ。
「紫くん」
「は、はい!?」
「君のことは今後、魔法街が一任されました」
 一瞬何を言われたのか理解できずに、首を傾げる。環が悲鳴じみた叫びを上げた。
「母さん、何したんだよ!! イサは!?」
「人聞きの悪い・・・」
「普段の行いが悪いせいだろ?」
 憮然とする阿久津に上田父がきっぱり言い放つ。
「で、お前は何やった? 怒らないから言ってみろ」
「私は何もしていません」
「「嘘だ」」
 またも綺麗に重なった。
「本当です! 何かする前に向こうから言い出したんですから!!」
 する気はあったらしい。いや、向こう・・・?
「とにかく、付いて来てください。来ればわかります」