両親どもはマイペース>>   

 魔法街に入ろうと思ったら、まず某繁華街の外れにある狭い駐車場を通り抜け、一番奥にあるビル同士の隙間を通らなければならない。逆から入ろうとしてもそこには短い路地があるだけだが、正しい入口から入ればそこには様々な建物が並ぶ商店街のような街並が広がっているはずだ。
 さて、メインストリートを突き当たり近くまで進むと、魔法街の中心人物たちが住着いている区画になる。魔法街が『街』として発足した一番初期から存在するのがこの部分で、他は後になって増設された。
 魔法街の創始者である吸血鬼夫婦(夫夫)が、それぞれ趣味に走った店を出しているのも、この一角である。

 上田生花店は、花屋である。
 総面積の9割9分以上は植物(花とは限らない)に埋もれているから、たぶん間違いない。問題は人間がいるべき場所まで植物に侵略されているせいで、店主の上田靖臣以外まともに店内に足を踏み入れられない点だろうか。
 どうにもこうにも入りにくい店なのだが、何故か客足は絶えない。それどころか店主が通る時だけは、店中を多い尽くす勢いで生い茂る枝葉が自分から避けていくのだから、ある意味すばらしい人徳・・・と言えないこともない。
「父さん、変なモノに好かれやすいから」
 彼の息子は、苦笑交じりにこう語る。
「例えば、母さんとか」
「・・・・・・へー」
 伊藤紫は日本人らしく、曖昧な返事でお茶を濁すことにした。

 その母さん・・・れっきとした男性・・・阿久津縁の店は一応古本屋という事になっているのだが、商売っ気はまるでない。売るよりも買った本の整理と配架が忙しいくらいで、周囲も知っているから買って行く客はほとんどない(既に店として間違っている)。古本屋と言うより、貸し本屋か私立の図書館と呼ぶのが正確かもしれない。
 もはや商品と呼んでよいのか微妙な本たちは、全て天井まで届く棚に整然と収まっている(平積みはない)が、内容は無節操極まりない。
 一例を挙げれば、戦前の漫画本、北アフリカの民族料理の本、文化人類学的見地から捉えたトマトの論文集、十九世紀イギリスにおける女性の下着に関する資料集、十年ほど前に絶版になったライトノベルのシリーズ、数百年前の中国で流行していた詩集・・・
 店主はこういったもの全てに一度は目を通しているのだから、色々な意味で大した読書家である。
「母さん、変なモノが好きだから」
 息子はもはや諦めの境地で、こんなことを言う。
「つまり父さんとか・・・まあ、俺とか?」
「・・・・・・」
 伊藤紫は、沈黙を守った。
 まあ、自覚があるのは良い事だ。

 変なモノに好かれる変なモノと、変なモノを好む変なモノ。俗に言う破鍋に綴蓋だが、そんなナベとフタは生まれた国も違えば年齢も違って(見た目はどちらも30代くらいだが、実のところ両者の間には世紀単位の差が存在する)、同じなのは性別くらい。いったいどこで出会って『夫婦』なる関係に落ち着く運びになったのか。
「・・・つまり、父さんと母さんの馴れ初めが知りたい、と」
 上田環は「野次馬だなあ」と笑うが、彼らを知るものであれば誰しも、一度は疑問に思うのではあるまいか。
「そうだなあ・・・・・・うん、『昔々〜』でいいや」
 大雑把なことだが、この話はこう言ってしかるべき時分まで遡る。