昔の人は強かった>>   

 吸血鬼伝説というものは洋の東西を問わず存在するのだが、現在阿久津縁と呼ばれている人は、その中でも特に有名なヨーロッパ系ヴァンパイア一族の生まれである。
 ・・・吸血鬼が『生物』かどうかは昔から色々取沙汰されているが、取り合えず意思を持って自律行動をしている以上『生命』と考えても良かろう。
 吸血鬼の繁殖方法は大まかに分ければ、噛み傷から感染させて仲間に引き込むか、生殖行為によって生み出すかのどちらかである。彼の場合は後者で、両親共に吸血鬼だ。
 彼の記憶が確かなら、両親はそれぞれ別の場所に古式ゆかしい(あの頃は流行の最先端だったかもしれないが)城を構えて、好き勝手にやっていた。恋人や愛人や奴隷に不自由していたわけでもない彼らが、どうして結婚する気になったのかは謎だが、特に問い質す理由もなかったので、疑問は解消されないまま現在に至る。
 彼が故郷を飛び出して世界をうろつきまわるようになったのが、世に言う大航海時代のこと。それから数世紀かけてユーラシア、アメリカ辺りを回った後、開国したばかりの東洋の島国にふと興味が湧いて、日本行きの船に乗り込んだわけだ。
 特別思い入れがあったわけではない。これまで通り過ぎた土地と同様、好奇心が満足したら別の土地に流れる予定だったのだが、運命の出会いなるものは、意外な場所に転がっていたのである。

 さて物見高い吸血鬼が日本の土を踏んだ時、上田靖臣(当時は20代の終り頃だろうか)も気ままな一人旅の最中だった。
 彼は、こんな(→☆)マークで有名なジャパニーズ・マジックマスターの子孫である。
 血筋と名乗るのもおこがましい傍系の出だが、才能だけはあった。加えて人より少しだけ強い好奇心を持ち合わせていたことが、その後の彼の人生を決定したと言って良い。
 新しい時代に浮足立つ国の中で、彼はこんなことを考えた。
 良くも悪くも、これまで出入りが制限されていた異国から色々なものが流れ込んでくる。本質的に新し物好きな日本人は、あっという間に外来の文化に染まっていくだろう。
 ただでさえ一般の知名度が無きに等しい呪術の領域に至っては、大部分が消えると思って間違いない。
 彼は、意外と先見の明があるほうだった。だからと言って普通の人間なら、「それなら俺が覚えておくか」という結論に達したりはしない。
 ・・・だが、そこでそうしてしまうのが上田靖臣という人間だった。
 そんなわけで、彼は日本中を駆け巡った。ある時は山に登り、ある時は絶海の孤島を訪ねて、術者を見つければ頼み込んで教えを受け、断られた時は道場破り紛いに脅し取り・・・もちろん覚えた術を使いこなすだけの力を付けるため、修行も怠らず。
 物好きな決心と、それを可能にしてしまうだけの実力、結果として身についた技が、彼をおかしな因縁に導く事になる。

 修行中の術者一名と、うっかり道に迷って食料になる人間にも出会えず、空腹状態で遭難していた吸血鬼一匹が出っくわしたのは、関東の某地方にある人気のない山道だった。
 通常の人間ならば、幾ら体力が落ちていようと吸血鬼が負けるはずはない。
 いや、彼は吸血鬼の中でも掟破りに強い方であったから、術者や武芸者でも並みの相手なら難なく打ち負かして、数日振りの夕食にありつけたはずだった。
 ところが、何事にも例外は存在する。
 日本限定とは言え、あらゆる呪術を身につけ、極めた人間である。魔物系には天敵で、まして栄養不足の吸血鬼では、あっさり返り討ちになるのも当然だった。
 一方、夜道でいきなり襲い掛かってきた妖物を倒した人間は、反射的にぶちのめした相手が夜目を差し引いても結構な・・・野晒しにするのが勿体無いような美人であることに気がついた。
 血を吸う妖の伝承は日本でも数多く流布しており、今更そんなものに怖気づくような可愛げは残っていなかったので、そのまま拾っていくことにした。
 あんまり腹が減っているようなので適当な野生動物を捕まえて血を飲ませてやったが・・・獲物に助けられた挙句、施しを受けるのが、西洋の由緒正しいヴァンパイアにとっては屈辱だなんて、当時の彼が知っているはずもなく。
 息を吹き返した吸血鬼が激怒した理由は見当がつかなかったし、その後何度も・・・多いときには朝昼晩と襲撃される理由もさっぱりわからなかった。
 何故こいつは、一々俺(住所不定)を追いかけて探し出し、襲い掛かってくるのだ。
 面倒ではないのだろうか。
 ようやくこんな疑問を抱くようになったのが、追い回され始めて数ヶ月が経過した後。
 思い出すのもめんどくさい何度目かの襲撃の後で、いっそ一緒に旅をしないか? と訊いて見たら、吸血鬼はまた怒りだしたが、やはり面倒だったのか、ついてくるようになった。

 こうして全国行脚の合間に親しいお付き合いならぬドツキ合いを続けてしばらく経ったある日、彼は不思議な事に気がつく。
「俺、そろそろ60近いはずなんだが・・・妙に若くないか?」
「今更気付いたんですか・・・?」
 初めて出会った日から数えれば、約30年が経過していた。
 いつの間にか噛み付かれて、しかもそれに全く気付かず十年以上経過していたことについて上田靖臣は、「あの頃俺は若かった」とのたまう。若いということは、自分がいつか老いるという事実を無視してしまえるものなのだ・・・というのがその主張だ。
「それにしても・・・相当鈍いですよ? 貴方」
「お前さんも老けないだろう? しょっちゅう顔を合わせる相手が他にいるわけでもなし、年齢の変化に疎くなってなあ」
「一緒にされても困るのですが」
 しかし、なってしまったものは仕方がない。
 彼は、潔い男だった。

「いや・・・あのさあ、ものには限度があるんじゃないか?」
「父さんだもん」
 上田環は、いつもと同じ台詞で片付けた。
 上田靖臣はそんな人だし、阿久津縁はあんな人で、2人が創った魔法街はこんな所なのだから、仕方のないことである。