人間未満にもプライドはある>> | ||
『俺は・・・ここで足止めしてやる。俺が付いてないとお前ら危なっかしいけど・・・紫のためなんだからな!』 そう言って魔法街の住人達をだます役を引き受けてくれた仔狐は、要するに今流行のツンデレという奴なのだろうか。 環と賢太郎は、そんな彼に見送られてこっそり魔法街を抜け出したわけだ。 物心もつかないうちから住み着いている子どもを甘く見てはいけない。抜け道に裏道、ある程度育ってから住み着いた住人達がうっかり見落としそうな隙間まで、しっかり把握済みである。 唯一の障害といえば入り口に陣取っている竹本さんだが、うっかり壊されたりしたら大変だから、という理由で本体ごと片付けられていたのが幸いした。 そして魔法街から1歩外に出れば、男の2人連れなど誰も怪しみはしない。 現代日本において繁華街の深夜は立派な営業時間内だ。 怖いのは補導くらいだが、高校生にしては落ち着いた(じじむさい)雰囲気をまとう彼らは堂々とその場に溶け込むことに成功し、吸血蝙蝠の一連体が魔法街を目指していた頃は、ちゃっかりと深夜営業のファミリーレストランに落ち着いていた。 このご時世、財布さえ忘れなければ大抵のことはどうにかなるものだ。 「あ、紺が捕まった」 コーヒーをかき回しながら環が呟くと、賢太郎はオレンジジュースをひっくり返しそうになった。 「敵でござるか!?」 「いや、圭ちゃんに・・・」 「圭士殿?」 変身するわけでもないし、特殊な術を心得ているわけでもない。ただ魔法街に住んでいるだけの人間の名前が出て、賢太郎は不思議そうな顔になる。 口で言ってもわからないだろうし、いずれ嫌でも知ることになるので、環はある意味幸せな誤解を解消してやろうとは思わなかった。 (魔法街で普通に生活できるただの人間と、並の妖怪のどちらがよりタチが悪いかなんてことは、今考えるべきではない) 紺が1匹で残った場所は、ヴァンパイアを越える不思議が一杯のミステリーワールドである。 例えばヴァンパイア配下の吸血蝙蝠が体当たりをかけても割れない窓ガラス。錬金術の粋を無駄に集めて作成された強化硝子は、下手に突撃しようものなら先に頭蓋骨が割れる。 (・・・三軒長屋のソレがやたらと強化されているのは、以前圭士が叩き割ったせいだ) 「?」 「・・・それじゃ、始めようか」 首を捻る賢太郎を意図的に無視して、環はおもむろにポケットを探る。 そして出てきたのは30センチほどの糸が結んである他は何の変哲もない五円玉だったので、賢太郎はまた不思議そうな顔になった。 「??」 「まあ、見てなさいって」 次に取り出したのは、地図帳である。それをテーブルの上に広げ、ますますわけがわからない様子の賢太郎に押さえさると、環も地図の上に手を置いた。 もう片方の手で五円玉の糸を持って中空に垂らすと、暫くして五円玉が円を描いて回り始める。 ダウジング、またはラジエスセシアと呼ばれる、割と伝統的な失せもの探し法だ。 環の場合、大抵は目を凝らせばこと足りるので滅多に使わないが、知識はあるに越したことはない。 他にも水晶玉、トランプやタロット、風水、易・・・果ては四柱推命に星占い、血液型占いまで、占いと名のつくものなら一通りはかじっている。 「はっきり言って、父さんと母さんが行った場所にユカちゃんがいる可能性は低いと思う」 両親の実力を知らないならあり得なくもないが・・・母曰く「一族有数の実力者ということになっている」そうだし、そこまで馬鹿ではないだろう。 少なくとも、その場で叩きのめされて人質を奪い返されるような間抜けではないはずだ。 「ただ、そんなに遠い場所でもないと思うんだ」 何しろヴァンパイアで、つまり母の血族である。それはもう嫌な性格をしているに違いないという、どうしようもない確信があった。 「人質を隠すとしたら絶対に手の届かないところより、届きそうで届かないところ。その方が効果的だよね?」 「???」 「うん。賢はわからないか・・・」 悲しいかな、彼は善良な性質である。 『嫌がらせ』という概念を、知識として以上に理解しているかは怪しい。 「・・・まあ、さっき思いついたんだけど」 気を取り直して。 「ユカちゃんとか、攫った相手を探そうとすると見えなくなるのは確かだけど・・・俺が見通せない場所って、世界中探してもそんなには無いと思うんだ」 人並以下・・・もとい人間未満の運動神経を持って生まれた代償か(逆かもしれない)、それ以外の部分はそこそこ優秀な自信がある。まして『目』には、絶対の自信を持っていると言っていい。 「父さんと母さんが呼び出されたのが、このエリア。俺にはどうなっているのか見えないわけだけど・・・」 腹立たしいが、事実である。 「ここを中心に探していけば・・・絶対に見付かる、と思う」 伊藤紫という個人を探し出すのが無理だとしても、地図を頼りに地域全体を俯瞰することは不可能ではない。 妨害の術は破れないが、虱潰しによくよく目を凝らしていけば、不自然な空白の箇所を見つける自信はあった。 そして1時間ほど経過する。 (たまに店員や別の客から不審そうな視線が飛んできた気もするが、気にしない) (同じころ魔法街では、圭士が水鉄砲を乱射していた) 指がある一点まで動かされたその時、五円玉の動きが止った。 「見つけた」 環が頷くと、ひたすら『待て』状態で放って置かれていた賢太郎はあからさまにほっとした。 「しからば!」 「あのさ、賢」 そのまま飛び上がるんじゃないだろうかという勢いで立ち上がる賢太郎に、腰を下ろしたままの環が声をかける。 「紺を置いてきたの、わざとだって言ったら怒る?」 「????」 賢太郎は、またもや首をかしげることになった。 |
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