つなみのあさに ツナミノアサニ >> | ||
今俺がいる場所は、ちょっとした漁村らしい。 簡素な小屋が並び、大きな網や小船が見える。少し先は海岸だ。 船は古式ゆかしい人力で動くタイプ。電気が通っている様子もなく、舗装した地面なんてどこにもない。よく見ると、建物や漁具の作りもどことなく違う。 結論を言おう。ここは、俺の知っている日本ではない。 俺の体内時計が正しければ、さっき家を出てから十分もたっていない。その程度の時間で日本から出るなんて事、ふつうに考えればあり得ないけれど・・・俺が住んでいるのは魔法街。あり得ないことは足下に転がっている。 そう。足の下。 道を歩いていたら突然何かに躓いた。そして転んだ先には、ヒト一人落ちるには十分な広さと、落ちている間に「お〜ち〜る〜!!」と絶叫し、かつパニック状態から回復する時間があるくらい深い穴が空いていたわけだ。 占い師のくせにと言わないで貰いたい。神託と違って、占いは自分の運命を見られないものなんだから。 不思議の国のアリス実体験。しかし勿論俺はアリスではないし、俺のいる世界もルイス・キャロルことチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン氏の創作ではない。 傷一つなく着地できる可能性を考えると結構虚しくなったので、俺は目を閉じて運を天に任せることにした。 どんな力が作用したのか知らないけど、落下する速度は一定だったらしい。そうでなければ空気との摩擦ですり切れるだろうというくらいの時間が過ぎて、落ちた先がここだったというわけ。 魔法街育ちの俺だからこそ「まあ、そんな事もあるよね」で済むけれど、まっとうな人間だったら状況に適応するだけで一苦労じゃないだろうか? 魔法街自体が人工的に作られた異世界であるせいか、別の世界の入り口(通称を「門」という)ができるのは、そう珍しい事じゃない。父さんと母さんの結界でも防ぎきれない門の発生を住人に警告するのは、他でもない俺の仕事だ。 どうしよう、間抜けすぎる・・・いや、自分の思考に閉じ籠もっている場合じゃない。 「・・・・・・」 周囲を見渡して、溜息をつく。絞りだすように吐き出した後息を吸い込むと、潮の香が胸の奥まで染み込んでくるようだ。 爽やかだねえ。これで、すぐそこまで押し寄せている津波がなければ、もっと良いんだけど。 住民は全員避難済みらしく、小さな村に人の気配はない。犬猫一匹いるでもなく、動いているのは足元の船虫くらい。 津波がここに到達するまで・・・1分ちょいか? 自慢じゃないが、俺こと上田環の唯一苦手な科目は、体育である。そこまで見えている津波から逃げ出すなんてスポーツ選手でも不可能だというのに、何が出来る? こうなれば、することは1つ。・・・座して死を待つべし。 父さん、母さん、ごめんなさい。俺はここまでみたいです。 これは事故なので、間違ってもこの世界の人たちに八つ当たりしないで下さい。それだけが心配です。 ああだけど、溺死は嫌かもしれない。 そんなことを考えていたら、いきなり凄い力で襟首を掴まれた。 「馬鹿! 死にたいのか!?」 死ぬのを待とうかとは思ってるけど・・・って、誰!? 振り向くと、目に痛いほど赤いものが目に入った。 それは長く伸びた髪の毛で、よくよく見るとそこにいるのは・・・俺、何でこんなのに接近されて気がつかなかったんだろう? 「死にたいのかよ!?」 最低でも2メートルはありそうな赤毛の男が俺に向かって怒鳴る。 「まさか。どうにかできる問題だったら、どうにかするよ?」 自然現象相手に、どうしろと? 言い返すと、男は拍子抜けした様子だ。 「・・・なら、どうしてこんな所に」 「それは俺のほうが知りたい。気がついたらここにいたし」 「あ・・・!!!」 一瞬けげんな顔になった男は、何かに気がついたらしい。かくん、と顎を落とした。 「何か?」 「う、いや、あの、ごめん!!」 1人で大慌てをしながら、俺の襟を放す。そして、両腕をまっすぐに落として胴にぴったりと付ける「きをつけ」の姿勢になった。 どうでもいいけど、波がそこまで・・・ 何をそんなに恐縮しているのだか、謝り続ける男の体が唐突に縦に伸び始めた。 浅黒い肌を赤い鱗が覆い、手足の消えた体はますます太く、長くなる。 目の前にいた男が100メートル近い大蛇に変わるまで、数秒もかからなかった。 そして大蛇は鎌首をもたげて、空間の一部を噛み取った。 噛み付かれた上空にはぽっかりと暗い穴が開き・・・彼は俺をくわえて、穴の中に放り込んだ。 |
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