ヤツとの遭遇 ヤツトノソウグウ >>   

 本日2度目の落下は数秒もしない内に終わり、投げ出されたのはやたらと固いものの上だった。周囲は薄暗くてよく見えないが、どうやら天然の岩に囲まれているらしい。
 受身を取ったり空中で体勢を整えたりといった器用な真似ができるはずもない。辛うじて頭から落ちるのは免れたものの。
「いて・・・」
 捻った足首を押さえて座り込んでいると、俺が落ちてきたと思われる上空に赤い頭が出現した。その後にやたらと長い胴体が続き、するすると俺の隣まで降りてくる。
 全部降りてくると、約30メートル。さっきと比べれば大分小さくなっているけど、間違いなく同一人(蛇)物だ。
 ゆったりととぐろを巻いた上から、べっこう飴みたいな色の目が、こちらを見下ろす。鱗は髪の毛よりもずっと鮮やかできらきらして・・・まるで、炎の帯みたいだ。
 さすがの俺もこんな大物にお目にかかったのは初めてで、つい見蕩れてしまう。が、仮にも命の恩人をじろじろ眺めたままでいるのもアレだ。
「あ〜・・・助けてくれて、ありがとう」
 大蛇は何故か数秒硬直した後、首を傾げて俺を見た。
 さっきは言葉が通じたはずだけど・・・蛇の姿だと、通じないタイプ?
「ええと、言ってること、わからない?」
「いや、わかるけど」
 人間くらい軽く飲み込めそうな口が開いて、さっきと同じ声が聞こえた。
「わかるけど・・・それだけ?」
「は? ・・・俺、一文無しだけど」
 着の身着のままこっちに落ちてきたから、お礼にするようなものは何もない。
「いや、普通俺みたいなのを見た人間がするべき反応と言うか・・・」
「?・・・ああ、悲鳴を上げるとか、気絶するとか?」
 大蛇は言葉が見つからない様子で、尻尾をうねうねさせている。
 言われてみれば、そうなのかも知れない。
「今からやろうか?」
「いや、してほしいわけではなく」
「じゃあ、別にいいんじゃない?」
 やっぱりうねうねし続けるのをどうにかする為に、俺は勝手に進めることにした。
「はじめまして、上田環です。家名が上田で、名前が環」
「・・・漁火」
 座ったまま深々と頭を下げると、つられて大蛇・・・イサリビも頭を下に降ろす。
「で、教えて欲しいんだけど、ここはどこ?」
「あ、ああ。ここは・・・じゃなくて」
 漁火は勢いよく頭を振って、また唐突に縮み始めた。さっきとは逆の工程を辿り、俺の目の前には素っ裸の男が現れた。
 ・・・さっきの変身で、服が破れたらしい。
「全部まとめて説明するから、その前に手当てをしよう・・・ごめんね?」
 俺にしてみればあんまり見ていたくない光景だが、漁火は気にならないらしい。当たり前の調子で俺を小脇に抱え、歩き出す。
 目が慣れてくると、今いるのは岩をくりぬいたトンネルの途中だとわかった。
 周囲がぼんやり見えるのは天井や壁の所々に薄く光る石が埋め込んであるからで、完全に天然の洞穴ではないらしい。
 しばらく進むと突然明るい場所に出た。
 狭いトンネルの行き止まりは開けた空間になっている。地面には真っ白い砂が敷き詰められ、天井にぽっかり穴から太陽の光がそそいでいた。
 穴の真下には、神社に似た木造の社が1軒。
「お〜い、綾緒〜」
 漁火の声に応えて、ぱたぱたと軽い音、多分「アヤオ」の足音が聞こえた。