俺の帰還 オレノキカン >>   

 俺の運動神経を考えれば、とんでもない高さから放り出されるようなことがなかったのは幸いだ。
 ただし、いっそ100メートル単位で落とされた方がましだったかもしれない状況も、世の中にはあるわけで・・・
「「環――――!!!!」」
「ギャ――――――!?」
 血相を変えた両親の目の前に出現したらしいことを理解した時、俺は帰ってきたことを実感すると共に、こんなことを思った。
「何があったんですか眼鏡はどうしました怪我をしてますね泣いているようですがよく帰ってこられたもので芙喜さんに電話したらこの場所だとだからつまり無事でよかった・・・!!!」
「縁ー、いい加減に放さないと、今度こそ今生の別れになるぞ」
 ・・・わかってるなら助けてほしい。
 意外と馬鹿力な母さんに力一杯抱き締められて、帰って早々三途の川を見るかと思った。
 父さんが引き剥がしてくれたので、ひとまず深呼吸して酸素を補給する。
「ええと・・・知ってると思うけど、門に落ちた。眼鏡はその拍子になくしたみたい。捻挫は落ちた先で会った人に手当てしてもらったんだけど、無理に動いたら悪化した。帰ってこられたのはその人たちが助けてくれたから。あと俺は泣いてません」
 ・・・捻挫が悪化したのなんて綾緒さんすら気付いていなかったのに、どうして母さんにばれたんだ?
 ちなみに芙喜さんというのは、50年くらい前に魔法街で占い屋をしていた『伝説の』大姉御である。結婚して出て行った人だから俺は会ったことがないけど、魔法街が一軒の建物から今の『魔法街』になったばかりの頃を知っている、初期メンバーの1人だ。
 基本的に『来るものは拒まず去る者は追わず』の魔法街で、出て行った人にこちらから連絡を取ることなんて、滅多にない。つまり、それだけ心配をかけたわけで・・・
「・・・ごめん」
「謝ることではありませんが・・・」
「あ、これお土産。貴露っていう果物」
「・・・・・・お前、どんな所に落ちたんだ?」
「色々あったんだ・・・本当に」
 こうして、俺の初恋と初失恋は終わった。

 綾緒さんが最後にくれたのは、赤くてすべすべした・・・漁火の鱗だった。大きめのコインくらいの大きさだったので、紐を通して首にかけておくことにする。
 巨大クラゲを沈めたのとほぼ同じ量あった貴露の実は、数日しない内に父さんと母さん2人に全て消費された。父さんに至ってはツマミと称して焼酎を飲みながら齧っていたのだが、急性アルコール中毒どころか二日酔いになった様子もない。
 ・・・つくづく、規格外な2人である。
 俺は相変わらず高校に通い、占い屋を経営し、ご近所に門予報を伝えている。
 漁火たちの世界から帰って半年くらい過ぎたころ、クラスメートのユカちゃんこと伊藤紫が逃げ込んできた。来たばかりの頃は肺炎一歩手前まで体調を崩していたけれど、1週間くらいで元に戻って・・・現在は見事、魔法街に順応している。
 家の向かいで漢方店を経営している士郎さんに一目ぼれされ、母さんに気に入られて古本屋のバイトに引き込まれ、彼の毎日はいい具合に波乱万丈だ。
 ユカちゃんが士郎さんとくっついたら、魔法街に居ついてくれるかもしれない。
「いや、兄さんが仙籍から抜けて、ユカちゃんについて行くって言ってたぞ?」
 そんなささやかな希望を、圭ちゃんが一言で打ち砕いてくれた。
「薬局は?」
「俺が継ぐから」
 薬草をいじるか治療の鍼を研ぐ以外何もしない士郎さんに代わって、薬局を切り盛りしているのは圭ちゃんだ。恋人の春麻ちゃんの家に入り浸りとは言え、実質的に主なのだから、正式に継いだところで少し用事が増えるだけか。
「そっか。士郎さん、いなくなるんだ」
「振られなかったら、だぞ?」
「ユカちゃんは、どっちにしろ帰っちゃうのか」
「もともと外の子だからなあ」
 溜息をついていると「そう言えばお前、同年代の人間の友達いないよな」と言われた。
 ・・・余計な世話である。