蛙と私の事情 カエルトワタシノジジョウ >>   

 正面きって正体を指摘するのは、そう失礼な事でもないらしい。
「なんだぁ? どうして人間の餓鬼がいるんだ!?」
 ・・・なあんて、初対面の俺を指差して怒鳴ってくれたオッサンが一人。いくら何でも、いきなり怒鳴られる覚えはない。
 社の中から出てきたから、漁火の身内なんだろうけど。
「海に蛙がいることの方が変だと思うだけど?」
 しかも、恐らく殿様蛙。蛇は天敵じゃないのか。
 人の形を取った彼は漁火より一回り小さいくらいで十分立派な体格をしているが、それでもやっぱり殿様蛙。両生綱・無尾目・アカガエル科・アカガエル属。全長はオスならだいたい4〜8センチ。
 漁火の図体ならあんまり関係ない気もするが、気軽なスナックサイズだ。
「で、俺は間違いなく人間ですが、それが何か?」
 一瞬目をしばたかせた男は、一呼吸置いてから銅鑼が鳴るような声で爆笑した・・・ちょっと耳が痛い。
 怒鳴っていたのではなく、地声だったらしい。
 40がらみの男くさい顔立ちだけど、笑うと意外に愛嬌がある。丸い目玉のせいだろうか。
「何こいつ! すげ―、おもしれ―!!」
 ばちばちと背中を叩かれた・・・かなり痛い。
「何だよイサ、どっから拾って来たんだよ―!」
 ヒーヒーと、涙まで流して笑い転げた殿様蛙は、俺に向かって「それで、誰?」と、今更なことを聞いた。
「環」
「タマな、俺は穣雲だ。じょ、う、う、ん」
「ジョーウン?」
「そうそう」
 テンションの高い穣雲と対照的に、漁火と綾緒さんが固まっている。
「・・・どうしたの?」
「環、お前・・・」
「見えてるの!?」
「は? ・・・ああ、見えるけど」
 綾緒さんの言いたいことを理解して、頷く。
「・・・ちなみに、私の種族は?」
「金魚でしょ?」
 見たままを答えると、綾緒さんは両手を顔に当てて絶句した。次に漁火が口を開く。
「その〜、俺が本性出した時、驚かなかったけど、見えてた?」
「見えたし、見えてる」
 今も彼の姿と重なるように、真っ赤な大蛇がはっきりと見える。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 揃ってぽかんと口を開けている3人を前に、こっそりため息をついた。

 俺にとってはこれが普通だからどうということはないけれど、この目は少し特別だ。普通の目では見て取れないようなものまではっきり写す。隠れているもの、隠されているもの、時には過去や未来の映像まで。
 大蛇や金魚や蛙から見ても、この目はおかしいんだろうか・・・だろうな。
「・・・どれどれ?」
「!!?」
 いきなり漁火が近寄ってきて、顔を寄せた。オレンジ色の目が視界一杯に入る。
「別に変わったところはないなあ。綺麗な褐色だ。よく似合う」
 褒められているのはわかるんだが・・・日本人の瞳は、元々こげ茶色である。
「客? 異世界のか? おお、そう言えば変なの着てるな?」
 制服である。普段なら眼鏡もついているのだが、穴に落ちた拍子に落としたらしい。
「こら! 失礼な事をしない!!」
 綾緒さんは本当にできた人(魚)だ。
 一気に騒がしくなった3人に取り囲まれ、俺だけ1人で取り残されている。魔法街にいきなり放り込まれた外の人間って、こんな気分なんだろうか。
 次に迷い込む人がいたら・・・可能な限り親切にしよう。そうしよう。