禁じられた喋り キンジラレタシャベリ >>   

 外からは6畳あるかないかに見えた社は、中に入ると野球場並に広かった。俺でも外からは見通せなかったのだから、何か仕掛けがあるのだろう。
 隅のほうに僅かばかりの家具が寄せてあるけれど、入口からは遠い。漁火が本性でくつろぐにはこの位の広さが必要なのだろうが、不便じゃないだろうか。
 今は俺たち4人しかいないけど、大人数が集まることもあるらしい。主従関係を結んでいるわけではないけれど、漁火の下にいる格下の神や精霊は結構な数がいて、時々集まってくるそうだ。
 普段からここにいるのは綾緒さんと穣雲だけで、ねぐらの管理と留守番はこの2人が受け持っている。
「環ちゃんの世界はどんな所?」
 あてがわれた座布団の上で足を投げ出していると、綾緒さんがきらきらした目で問いかけてくる。
 異世界からの客人は数が少ない上に、ほとんどが混乱しているので、話を聞いたりできないそうだ。送り返せるようになるまで、磯巾着の一種から取れる睡眠薬で眠りっぱなしにすることも多いとか。
「俺のいた世界は・・・」
 それが当たり前だと思って生きていると、いざ説明するときに言葉が見つからない。文明レベル、社会の構造、彼等の立場を考えて宗教の話なんかを簡単にしてみる。
「それから?」
 一通り話すと、漁火が言った。
「それから・・・」
「あ、そうじゃないよ」
 まだ話していなくて彼等の興味を惹きそうなことを探していると、彼は軽く手を振って遮った。
「環がいた場所の話が聞きたい」
 ・・・どうしてこの蛇は、人がギクッとするような言動を唐突にいたしてくれるのか。
「ああ、そう言やそうだな―。今の話にでた世界でコレが育つわけねえな―」
 殿様蛙は酒も入っていないのに笑い上戸だ。
「・・・話せないこと、だったりして?」
 金魚が、好奇心いっぱいの無邪気な瞳で首をかしげた。
「え〜と・・・」

 俺がいた場所は、通称を魔法街という。元々は家1軒の広さしかなかったのが、住人が増えるにしたがって建物が増え、現在では村くらいの広さだ。
 普通の土地は、暮らしている人数に合わせて広がったりしない。それが可能なのは、魔法街という場所自体が、俺の両親が創った異界であるからだ。
 元々不自然な存在であるせいか異界との門が開きやすく、「門予報」は「天気予報」と同じくらい重要だ。Q●郎が適当につなげた穴に俺が落ちたのも、それほど不思議なことではない。
 俺の世界では非科学的な存在・・・つまり神や妖怪は、公式には存在しないことになっている。魔法街の住人はそんな世界から否定された者たちだ。漁火たちのような存在もいれば、俺のように特殊な能力や立場を持つ人間もいる。
 父さんと母さんが何を意図して魔法街という場所を創ったのかは知らないが、大抵の住人は逃げ込むようにやって来る。その後留まるか立ち去るかはそれぞれの自由だ。

「お前さあ、期待を裏切らないヤツだな―」
 いつの間にやら酒らしい甕を抱えた穣雲が、大口開けて笑う。
「道理で・・・」
 綾緒さんはこっくり頷いている。
「お父さんとお母さんはどんな人?」
 子供に話をさせるような調子で、漁火は続きを促した。

 実際、やりなれているぶん幼稚園児の方が俺よりましかもしれない。
 言えば不都合が起きと教えられたから、本当の家族について人前で話したことはない。小学校の自己紹介でしたのは両親が一緒に考えてくれた架空の話で、以来10年以上その設定を通している。
 ずっと、本当のことを話してみたかったのかもしれない。
 父さんと母さん。
 魔法使いで霊薬作成マニアの春麻ちゃん。
 仙人の士郎さんと、その弟の孫に当たる圭ちゃん。
 魔法街の門番(でもあんまり役に立っていない)竹本さん。
 鼠の一族が経営する食料品店、烏天狗の宝石屋、熊さんの食堂(名前は『レストラン』)・・・
 夢中で口を動かすうちに、だいぶ時間がたっていた。気が付くと辺りが薄暗い。
 綾緒さんが夕食を用意して、座はそのまま宴会に雪崩れ込む。
 Q●郎がいつ来るかわからないのに、暢気に喋って飲み食いして良いのか? と思わなくもないが。綾尾さんの料理は旨い。俺が知っている家庭料理は父さんの大雑把な料理とレストランの定食くらいだけど、こういうのが普通の家庭の味かもしれない。
 海草の酢物と焼き魚、貝の汁物、白いご飯(稲があるのか?)、葡萄みたいな果物。
 ついでに、琥珀色のどろりとした酒。
「・・・俺の国、20才になるまで酒を飲むのは禁止だから」
 そこら中で破られ続けているザル規制だが、俺は一応守っている。
 幸い無理強いされることもなく、精霊のゴシップだのうちの近所で起きたハプニングだのを話しつつ、食事は進む。
「環の才能はご両親譲りなんだね?」
「いや、そういうわけでもない」
「そーかそーか、まあ食えよ」
「・・・ありがとう」
 漁火と話していたら、穣雲から赤い果物が回ってきた。形は無花果に似ていて、香りが薄い。一口齧ると信じられないほど汁気があって・・・
 恐ろしく濃厚な酒のにおいが、口いっぱいに広がった。

 断っておくが、俺は本当に酒を飲んだことがない。
 法も規則も破りたい所はどんどん破る。そのかわりに守れる所は極力守るように努めるのが我が家のルールだ。
 何を隠そう小学生のころ、貰い物のウィスキーボンボンでハイになったのが唯一のアルコール体験だったりする。そういう人間が異様にきつい酒を一気にやったら・・・
「貴露・・・しかも赤!? あ、アンタって人は!!」
 綾緒さんの怒鳴り声。
「飲ませてないぞ―。食わせたんだからな――あ」
 ぎゃははは、と笑う、ご機嫌な殿様蛙。
「環、たまき――!?」
 漁火が悲鳴を上げて、俺をゆすぶる。ちょ、苦し・・・
 座った姿勢を保つことができず、俺はひっくり返った。