スネーク・イン・ザ・ダーク スネークインザダーク >> | ||
ひんやりした何かに包まれている感触。薄く目を開けると、暗い闇の中にちらりと赤いものが見えた。 ああ、漁火か。 視界が揺れて気持ちが悪いので、また目を瞑る。 あのさあ、漁火は神様なんだよね。神様は人間の話を聞いてくれるもんだよね? 俺の世界ではそうなんだから、聞いてよ。 さっきは話さなかったけどさ、俺、捨て子なんだ。 うん。赤ん坊のころ、母さんに拾われたの。俺の世界じゃ捨て子は珍しくて、たまに見つかると、全国挙げて大騒ぎするくらい。 第一発見者の話じゃあ、真冬に素っ裸で捨てられたんだって。 この目はねえ、親譲りの才能なんかじゃないんだ・・・そもそも俺の両親は男同士だから、子供は無理だよ。 俺はただの人間。はっきり言って、魔法街に俺より弱いやつはいない。 でもねえ、みんな優しいんだ。 魔法街には人間に住処を追われた人も多いのに、俺は人間に捨てられた子供だけど、それでも人間なのに、みんな、優しいんだ。 俺は人間を仲間だと思ったことは一度もない。漁火が言った通りだよ。俺がいた場所・・・俺が生きている場所はあの世界じゃない。人間の世界じゃないんだ。 ねえ、漁火。どう思う? 完全に魔法街の住人になることもできなくて、いまさら人間の世界にも帰れない俺って、結局何なんだろね? 「わからないけど」 「・・・・・・!」 頭の上から言葉を返されたことで、ふわふわと頼りなかった意識が一気に覚醒した。 「・・・漁火、あの」 「動かないほうが良い。貴露の実には酒精があって、熟するほど強くなるから」 冷たい手のひらが目をふさいだ。ああ、ひんやりしているのは爬虫類の体温か。 俺は漁火の膝に乗せられて、胸にもたれているらしい。彼の頭は丁度頭上にある。 「俺の話も聞いてくれるかな? そっちの神様は知らないけど、人間が神の言葉を聞いてもいいよね?」 軽く頷くと、漁火が低く笑った。 そもそも俺は、どうして「神」と呼ばれているのかわからない。 少なくとも生まれたときは普通の蛇だったと思う。思う、というのは記憶がないからで、動物や植物から精霊になったものは皆こんな風だ。 ある日、ふと「随分長く生きているなあ」と思う。それが精霊になる・・・精霊になったと自覚することだ。動物や植物は自分の年を数えたりしないから。 白珠と最初に喧嘩したのは、俺たちがまだ小さかったころ、この海をどちらの領土にするかで争った時だった。 その頃、海はしょっちゅう荒れていたからこの辺の村は貧しかったよ。 結局俺が白珠を追い出して正式な守護精霊になったから、海が安定した。魚もたくさん取れるようになって、いつのまにやら俺は「海の神様」として崇められていたんだ。 200年くらい前からか、奥祇がこの辺りに住む人間を統一して、その国が崇める太陽神が1番の力を持った。人間の神学では俺たちはみんなあいつの部下に組み込まれていて、順位のついた名簿もあるんだ。俺もどこかに入っていたと思う。 俺は人間がどう考えても構わないけど、面白くはないよ。 ここだけの話だけど、実は太陽神本人もあまり良く思っていない。 俺たちは人間に対して何かするわけじゃない。多分白珠が・・・はいはい、Q●郎が守護精霊になっても海は安定しただろうし、祈りや供物を捧げられたからと言って、わざわざ応えたりもしない。太陽神は流石に色々しているみたいだけど、それも人間のためじゃない。彼と契約した、奥祇の始祖のためだ。 俺たちは、自分の我侭のためにしか動かない。それなのに「神様」と崇められるのは、詐欺だといわれても仕方がないと思う。 「つまりねえ、自分が何かなんて、自分でもよくわからないんだ。それに、答えは1つしかないってものでもない」 「漁火・・・実は頭が良い?」 「・・・・・・」 漁火は、ちょっと傷ついたようだった。 「それほど悪くはない、と思うけど」 「嘘だよ。ありがとう」 「・・・気分は?」 大きな手が、俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。 「もうちょっと・・・」 「眠っていいよ?」 冷たい体に寄りかかったままゆっくり意識を沈めようとしたその時。 バタ――ン!! だだっ広い社中に響き渡るだろう、大音響。 「薬だぞ――!! 生きてるか――!?」 「静かにしなさい!!」 追い討ちのような2人分の大声に、今度こそ俺は沈没した。 ・・・とりあえず、覚えてろよ、酔っ払い蛙・・・ |
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