胸やけよこんにちは ムナヤケヨコンニチハ >>   

 目には目を、歯には歯を。酒には酒を。
 というわけで朝一番に、穣雲がこっそり隠していたらしい何とか言う有難い銘酒を捨ててやった。止めようとして近寄ってきた穣雲にぶっかけてしまったのもご愛嬌。
 漁火と綾緒さんも笑ってたし、別にいいだろう。
「あああ・・・勿体ねえ・・・!!」
 全身酒まみれになった穣雲は、水溜りならぬ酒溜りの中でがっくり膝をついている。それを見物しながら、綾緒さんが作ってくれたお粥を啜った。酸味の強い緑色の漬物が添えてあって、まだダメージの残る内臓には嬉しい。
「なんだかまだ、ぐらぐらする・・・」
「どうせその足じゃ動けないだろ? 休めば良いよ」
「そうそう。怪我したのだって漁火のせいなんだから、ここに居れば?」
「お前ら、無視すんなよ―」
 寂しくなったらしい。酒漬しの着物で近づいてこようとするのを綾緒さんが睨みつける。
「その格好で近づかないの!」
「なんだよ―お前はお袋かよ――う?」
 ぶちぶち言いながら着物を脱ぎ捨て、ふわっと輪郭を崩す。
「これでどうだ?」
「・・・妥協してあげる」
 成人男性より一回りほど大きな殿様蛙は、前足で器用に椀を受け取る。
 食事を終えると、漁火が口を開いた。
「環を帰す話だけど・・・」
「ああ、儀式が必要なんだっけ?」
「条件は単純なんだけどね」

 昨日の話にも出たように、漁火には門を開ける能力がある。
 けれど、この世界の中を移動するのと別世界に渡るのではやっぱり条件が違うようで、特に狙った世界に間違いなく繋がる門を作るのは難しいそうだ。
 そこで、月を利用する。
 どんな作用か知らないが、満月の晩には門が開きやすく、必要な力が格段に少なくなるらしい。
「この世界、月があるんだ?」
 津波が起きるくらいだし、当然といえば当然か。
「あるよ。満月まで後7日かな」
 昨日落ちてからの日数を入れれば、8日か。この世界の時間の流れが俺の世界と同じとは限らないが、そのくらいなら・・・多分大丈夫だろう。
 何が大丈夫かって、父さんと母さんが。
 本人たちは絶対に認めないだろうが、あの2人は相当な心配性だ。下手をすると俺を探すためだけに、あちこちの異世界に迷惑をかけかねない。
 ご近所には既に被害が出ているかもしれないが・・・頑張って耐えてほしい。俺にはそれしか言えない。
 こんなことを考えていたせいで、ずいぶんおかしな顔になっていたらしい。
「心配しなくていいよ。今までもちゃんと送り返したんだから」
 漁火が俺の背を叩く。
「そうだね・・・」
 まさか、父さんと母さんの暴走が心配だとも言えず、あいまいな返事をした。
「どうした? 不安か?」
 ふと真面目な顔になった(両生類だから今1つ分りにくいけど、多分)穣雲が、首を傾げる。
「まさか」
 即答してから、気がついた。
 帰るのは簡単。漁火に送ってもらえば良い。恐らく失敗はない。
 そして、2度と彼等に会うことはないのだ。
 この世界では普通の能力だとしても、異世界への門を開くのは高等技術だ。世界でも最高レベルの実力を持つ母さんでさえ、空間の一部を歪めて「どこかの世界」への門を作るのが関の山。特定の世界を指定して門を開く力の持ち主なんて、少なくとも俺の知識にはない。
「・・・!」
「どうした!?」
 不意に、どうしようもない息苦しさに襲われる。
「・・・わからない・・・」
 酷い嘘だ。
 体験したことがなくても、これが理解できないほどガキじゃない。
「「穣雲!!」」
「俺のせいか!?」
 ・・・いや、別に二日酔いがぶり返したわけじゃないんだけど。
 視界の隅では穣雲がポカスカと殴られているが。
 都合がいいので、そういうことにしておいた。