くいしん坊犯罪 クイシンボウハンザイ >>   

 漁火の島は岩を適当に積み上げて土を振りかけたような形で、山水画に出てくる仙人の住処にちょっと似ている。中々変化に富んだ地形で、満月まで暇を持て余している怪我人がぶらぶらするには丁度良かった。
 Q●郎も一向に現れないから、小さな島は平和そのもの。あっという間に3日が過ぎて、居候生活も残り4日。今日も俺は杖を片手に社を出る・・・はずだったのだが。
「勝手に出歩いたら駄目だろう?」
 ひょいっと、体が宙に浮く。
 初日の早々に足を挫き、しかも夜にぶっ倒れたのが悪かったらしい。ここ数日と言うもの、実の両親を超える<font size"+1"><b>過</b></font>保護者と化した漁火が、どこへ行くにもついてきて、下手をするとこんな具合に運ばれる。
「そんなに心配しなくても」
「人間は壊れやすいから、駄目」
 漁火の基準で考えれば、確かに壊れやすいだろうけど。
 あれよあれよという間に持ち上げられ、漁火の肩に乗せられた。いわゆる肩車・・・こういうのも、『役得』って言うのかね?
 足を動かしてすわり心地のよいように調整すると、漁火は勝手に歩き出した。
「どこに行きたい?」
 島の中は一通り連れて行ってもらったから漁火に任せると言うと、彼はまっすぐ島に1ヶ所だけある小さな砂浜に向かった。
 日の当たる午前中一杯、ここでごろごろするのが漁火の日課だ。普通の蛇じゃないから寒くて動けないなんてことはなくても、やっぱり日光浴が好きなんだろう。
 砂まみれになるのも構わずに寝転がる漁火の横で、俺も腹ばいに転がってみる。
 と、背後から『ドスンドスン』という音が聞こえた。
「イサ―!」
 今ではすっかり見慣れた、巨大殿様蛙である。この人はどうも本性でいるほうが楽なようで、俺が平気だからと一日中蛙の格好で通している。(ちなみに綾緒さんは元のサイズが小さいので、人間の格好が楽らしい)
「天道の旦那から連絡きたぞ!」
 天道の旦那、というのは漁火の話にも出てきた太陽神だ。
 ちょいちょい、と手招きされて、漁火が立ち上がる。穣雲は片手を口元に持っていき、いわゆる内緒話の構えだ。
「あいつ、自分の領土にいる連中を食っちまったらしい」
 本人(蛙)は囁いているつもりなんだろうが、地声が大きすぎて丸聞こえだ。
 それを聞いた漁火がまた、赤ん坊でも気付くくらいはっきりと顔の色を変えたから、俺は礼儀正しく横を向いて、聞こえない振りを決め込むことにした。
「生残りの奴らは、旦那がどうにか拾ったらしいが・・・」
 さて、『食う』と言うのは・・・多分文字通り、もぐもぐとやったんだろう。
 食べることで対象の力を取り込むのは、割りとポピュラーなパワーアップ手段だ。何もカー●ィに限った話ではない。古代から伝わる、由緒正しい方法である。
 ただ、よく知られているのと推奨されているのは別の問題で、穣雲と漁火の反応を見る限り、この辺りでも外道に分類されるらしい。
「それじゃ、あいつの領土は!?」
「確認してねえ。が・・・相当荒れてるって話だ」
「・・・見てくる」
 蛇の姿になった漁火が、空中に門を作る。
「環、満月まで外に出ないほうが良い。その・・・白珠が本格的に攻めて来そうだ」
「Q●郎がね」
 訂正してやると、漁火は律儀に「Q●郎が攻めて来そうだ」と言い直してから、門の中に入っていった。

 漁火が尻尾の先まで門の向こうに消えると、穣雲は俺の隣に腰を下ろしてきた。
「あのよー」
「何」
「勘違いかも知れねーけどよー」
「うん?」
「前置きは端折ってだなあ」
 ・・・さっさと言えよ。
「イサに惚れてねえ?」
「惚れてるよ?」
 穣雲、額をおさえて天を仰ぐ。
「・・・悪い?」
「いや・・・まさかそう来るとは・・・」
 と、言うか。どうして気付いたんだろう?
「見るからに鈍そうなのに、よくわかったね?」
「誉めてねえなテメエ。俺ぁこう見えても、女房持ちだぜ?」
「・・・・・・ふうん」
 それはまた、意外と言うか何と言うか。
「まー、そうじゃないかって言い出したのは綾緒だけどな」
 そんなこったろうと思ったよ。

 それから、島は突然あわただしくなった。
 漁火と穣雲は、交代で島の外に出かけてQ●郎を探りに行っている。綾緒さんは前と変わらず元気が良いけれど、やっぱり緊張しているようだ。
 Q●郎の領土は主だった精霊がみんな消えてしまい(漁火はそう表現したが、つまり食われたということだ)、本人は行方不明。
 近くにいる精霊たちを集めて人海戦術で探しているらしいが、一向に進展がない。
 それなら職業占い師の俺がやってみようかと試してみたけれど、何も見えなかった。Q●郎の実物を見たことはないが、自信が有っただけにショックだ。
「だったら、あいつはまだ自分の領土にいる」
 漁火はこんな風に言う。
「精霊の領土が1軒の家だとすると、守護精霊は大黒柱なんだ。ねぐらは柱の土台かな」
 つまり、領土と守護精霊はつながりが深いために、自分の領土の中にいるQ●郎の気配が誤魔化されているということらしい。
 直接Q●郎に会ったことが、1度でもあれば・・・止そう。言い訳だ。
「あんまり長くねぐらを離れると、土地が荒れる。領土の中にいればそれほど影響はないはずなんだけど、他の精霊たちが全滅しているわけだから・・・」
 そう言えば、あまり天気が良くない。聞こえてくる波の音も荒い気がする。
「余波がきたくらいだよ。あちらに行けば、もっとひどい」
 満月の2日前になると、雨が降り出した。
 Q●郎の領土には、嵐が来ているらしい。