再会は走馬灯のごとく >> | ||
「うぅ・・・・・・・・ぁ(う〜ん。死ぬのか、俺は)」 口に出そうとしても、舌が縺れてうまくいかない。それで嫌でも現実を思い知らされてしまい、里山圭士は溜息を吐いた。吐き出した息に血の臭いが混じっているのは知っているが、本人には如何ともし難い。 生来のんびり屋の彼でも、自分が今まさに死に掛けているという状況は有難くなかった。感覚が麻痺しているのか、あまり痛みを感じないのが唯一の救い・・・と言えなくもない。 「う・・・・(寒・・・)」 体から抜け落ちた血は、体の下で結構大きな水溜りを形成している。腹に突き刺さった包丁は犯人の手を離れた後で、圭士の右手に握らされた。 『左利きなのに・・・』 しかしドラマならともかく、こんなしょぼくれた状況証拠で動いてくれるほど日本の警察が働き者だとは思えない。彼は国家機関というものをあまり信頼していなかった。 『ってことは、このまま死亡? しかも自殺扱い? なんて可哀そうな俺・・・』 そろそろ走馬灯が始まるのだろうか。 ならば過去を思い返してみようかと記憶を探るが、一番身近なここ数年・・・特に大学関係の記憶は、事態の元凶と深く結び付いている為に具合が悪い。友人(圭士は今でもそう思っている)に対して酷い言い草かもしれないが、死に際くらい心安らかでいたいものだ。 脳裏に浮びかけた顔を「しっしっ」と追い払うと、代わりに懐かしい顔が2つ出てきた。 一つは色の薄い癖毛を肩まで伸ばして、全体的にちんまりとした可愛らしい顔の中で目だけは人一倍大きい。 もう一つは丁寧に作られた日本人形のように整った顔立ちで、その周りを艶々した黒髪が飾っている。 何年も会っていないが、幼馴染たちはそれぞれ凄い美形になっているはずだ。元気にしているだろうか。 すると目の前に、程よく成長した黒髪のほうが現れた。そうそう、彼は今丁度このくらいの年で・・・中学生だったか? しかしこの切羽詰った、今にもぶっ倒れそうな表情はいただけない。 『圭ちゃん!? ボケてる場合じゃないんだって、ねえ! しっかりしてよ!!』 「た・・・あ・・・?(環?)」 黒髪・・・上田環は、半泣きで一升瓶のようなものを取り出すと、その中身を躊躇なく圭士にぶっ掛けた。 「――――――!!!!!!」 筆舌に尽くしがたい痛みが全身を走る。それが収まると今度は、体の奥のほうから強烈な熱が湧いてきた。 「・・・・・・?」 はて。 自分でもはっきり分るくらい死にかけだった体が、突然回復し始めて良いものだろうか。この液体は一体・・・・・・ そんな事を頭の隅で考えたような気がするが、圭士の記憶はそこで途切れている。 (・・・・・・気絶中。しばらくお待ち下さい・・・・・・) 誰かが、枕元で泣いている。あんまり酷くしゃくり上げるものだから、もう少し眠っていたいのを我慢することにした。 目を開けると、先ほど思い出したもう片方(癖っ毛の方)が見えた。去年成人した圭士と同い年のはずだから、こちらも相応に成長している。可愛らしい雰囲気は相変わらずだが、全体的に大人びていた。 「圭ちゃん!?」 「はるま・・・」 どこまでも親切設計な走馬灯に感動していると、両目を潤ませた走馬灯は、ひっしとばかりにしがみついてくる。 「良かった・・・良かったあ!!」 ぎゅう、と抱きしめられ、突然加えられた力は腹の傷に劇的な効果を及ぼした。 「ぐはあぁ!!!?」 とりあえず、これが現実で、自分が生きていることは良くわかった。 「ご、ごめんね? 大丈夫?」 振りほどくのも気が引けて、圭士は腹に相手をくっつけたまま悶え苦しんだ。 「おお・・・腹が、掻っ捌かれたよーに痛い・・・・・・」 「いや、そのまんまだから」 別方向から、嫌な事実を指摘される。脂汗まで滲ませている圭士に容赦の無いツッコミを決めたのは、予想通りの人物だった。 「生還おめでとう」 「環・・・変わんないのな」 「圭ちゃんも」 年下の少年は、大真面目に言ってのける。 「ここ、魔法街なのか?」 「うん。父さんと俺で、運んできた」 ここは安全地帯だ。ようやくそれを実感し、大きく息を吐き出す。 腹の傷が痛んだが、なんとか悲鳴は上げずに済んだ。 魔法街・・・最強の吸血鬼が心血を注いで作り上げた隠れ里には、人間の世界にいられない者たちが暮している。彼らは、その中ではまことに珍しい・・・日本におけるイリオモテヤマネコなみの希少価値を誇る、人間だった。 とは言え、それぞれの背景はそれなりに真っ当ではない。堤春麻はヨーロッパの古い魔女一族の本家筋だし、上田環は魔法街を創設した吸血鬼夫婦(正確には夫夫)の養子である。 圭士が初めてこの2人と出会ったのは、小学5年生の夏休みだ。 その年両親を事故でなくし、祖父が様々な手続きに追われている間、魔法街で漢方薬局を営む大伯父の家に預けられていたのである。環と春麻の遊び相手に・・・という話だったが、多分圭士のためだったのだろう。 実際、道を歩いていると猫に話しかけられたりする環境で悲しみに浸っている余裕はなかった。虎縞の仔猫に「こんな天気のいい日に、暗い顔してんなよ〜」と言われた衝撃を、圭士は今でも覚えている。 以後数年の間、長い休みには必ず魔法街に遊びに来たものだが、高校に上ってからは足が遠のいていた。高校2年の春に祖父が永眠し、葬式以来大伯父とも会っていない。 「今、士郎さんも・・・」 環の言葉に続くようにして、襖が開く音が聞こえた。コアラのようにしがみついていた春麻がようやく圭士から離れる。 腹をかばいつつ、そろりと振り向くと、予想通りの顔があった。 圭士と同じ顔、似たような体格で、ただ髪形が少し違う。 「あ、兄さん。久しぶり」 と、言っても彼は圭士ではなく祖父の兄、つまり大伯父である。 たまに祖父を訪ねてくる青年が仙人になった大伯父だという事実を知ったのはいつのことだったか、実はよく覚えていない。少なくとも物心ついた時には、祖父が圭士の父より若く見える青年を「兄さん」と呼ぶのを、普通に受け入れていたはずだ。 「・・・・・・」 里山士郎は、無言で近寄ってくると、圭士の頭をワサワサとかき回した。 口数が少ない・・・というより喋らないのはいつものことなので、圭士もしたいようにさせておく。 「・・・・・・」 正確にはわからないが、自分で助けに行けなかったことを悔やんでいるらしい。 「いいっていいって」 同年代にしか見えない2人は、しばらくそうして再会を喜び合った。 「ところで圭ちゃん」 頃合を見計らって、環が口を挟んだ。 「この寒いのに、夜の港なんかで死にかけてた理由、ちゃんと聞かせてくれるよね?」 「・・・とっくに知ってるもんだと思ってたけど?」 「圭ちゃんの口から聞いてこいって、父さんと母さんが」 ここが魔法街である以上、絶対に逆らってはいけない人々の名を出されて、圭士は仕方なく回想を始めた。 |
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