始末はお約束の如く >> | ||
堤春麻は、XY遺伝子を持ってこの世に生まれた男性である。ところが、本人がその事実を知ったのは、7歳の誕生日を数日過ぎた後だった。 それこそ生まれた時から、お前は女の子だと言い聞かされていたし、世間から隔離された環境で育った為、年の近い知り合いもいなかった。他人の裸体を見たことなどなかったから、自分が男であるなどと知りようもない。 曖昧な記憶と聞いた話などを総合すると、生贄として何かの儀式に使われる予定だったらしい。生贄の条件は『予め指定された日付に特定の家系に生まれた男子』というもので、同時に生まれる予定だった双子の妹が死産にならなかったら、7歳になった時点でこの世から消えているはずだった。 結局それが露見して、春麻は1人で魔法街に逃がされたわけだ。両親が今どうしているかはわからないが、恐らく生きてはいないだろう。 こちらに来て正しい己の性別を知ってからはそれらしい言動を身につけようと努力した時期もあったのだが、数ヶ月頑張った後でストレス性の高熱を出して寝込み、士郎にドクターストップをかけられてしまった。 士郎が言うには、『器と中身が違う』。 阿久津によると、『自分の性質に合った姿でいることも大切ですよ』だそうだ。 生まれ育った環境ゆえか、それとも元からそうだったのかはわからないが、春麻の本質は男性よりも女性に近いらしい。 しかし春麻も子供ではない。純粋に他者からの視線で見てみれば自分は紛う事なき男性であり、女として振舞えば『オカマ』と呼ばれることくらい知っている。 そして男性と恋愛関係になった場合、世間からは『ホモ』と言われるのだ。 「ごめんね・・・ごめんなさい、圭ちゃん・・・」 ガシャ――ン!!!! 「!!!!??」 唐突な騒音に顔を上げた春麻は、粉々になった窓と、窓を割った凶器とおぼしきバットを携えた圭士を目にした。 「おい春麻」 圭士はガラスの割れた部分から手を突っ込んで鍵を開けると、土足のまま室内に入ってきた。 「ちょっ・・・何てことするの!!? ここの大家は阿久津さんで・・・」 「心配するなって。それより話を聞いてくれ」 「それよりって――!!」 呆れてものも言えない。春麻は絶句したが、不法侵入者は堂々としたものだ。 「お前が鍵かけて引きこもるから」 「だ、だからって、何で窓割るの!?」 「俺の腕力で、ドアは無理だろ?」 「そんな理由!?」 「だから話を」 「聞かない! 聞けない!! ごめんなさいっ! 騙すつもりなんてなかったのよお!!」 「あのさあ、春麻ちゃん」 悲鳴を上げる春麻を止めたのは、何やら後ろめたそうな呼びかけである。 ベランダに掛けられた梯子に、環がしがみついていた。 「え・・・?」 「環、邪魔」 「すぐいなくなるから、お気遣いなく・・・だから春麻ちゃん。圭ちゃん、知ってるよ?」 「な、何を・・・?」 「だから、春麻ちゃんの性別が男だって・・・」 「・・・え・・・・・・」 「って言うか、俺が喋った。ゴメン」 (・・・・・・数秒の間・・・・・・) 「小さい頃にね、圭ちゃんが春麻ちゃんのこと、『女のくせに・・・』だったか、とに角そういう風に言ったんだよ。それで俺が・・・」 何やら言い訳が続いているが、半分以上耳に入っていない。 「だから・・・圭ちゃんは、10年近く前から知ってるんだけど・・・」 肝心なのは正にその部分で、春麻はどうしようもない眩暈に襲われた。 「は・・・恥ずかしい・・・」 思わずガラスの欠片だらけの床にへたり込みかけたが、何とか踏ん張る。 「・・・とりあえず、ゆっくり話し合えば?」 環はそれだけ言って、もそもそと梯子を降りていく。 「マキちゃん、危ないよ・・・」 運動神経に致命的欠陥を持つ環である。二階家に掛った梯子も彼にとってはヒマラヤの断崖絶壁に等しく、ここまで上ってこれたのはいっそ奇跡だ。 案の定、「だいじょ、うわぁ!」という、不吉極まりない返事が聞こえた。慌てて様子を見に行こうとするのを、圭士に止められる。 「ちょっ、放して!」 「大丈夫。下に熊さんとウチの兄さんいるから」 環の運動音痴は圭士もよく知るところで、保険もかけずにアスレチックをさせるはずがなかった。 「じゃあ、話し合おう」 逃げ場は、ない。 「あの・・・ほんとに、気にならないわけ?」 「?」 「せ、性別・・・」 「ん〜、心も体も男な相手に求愛する男もいるんだから、別にいいんじゃないか?」 「・・・・・・」 環の両親が正にそれだ。かれこれ100年以上、仲良く連れ添っている。 「春麻、よそに引っ越す予定とか無いんだろ? だったら世間なんか有って無いようなもんだし、平気だって」 「だって・・・だけど・・・・・・」 ああ、おかしな理屈に丸め込まれそうな自分が怖い。 「気にするなよ。で、返事」 忘れていた。この男は、魔法街でも屈指の変わり者の身内だった・・・ 犯罪者に仕立て上げられ、挙句擬似臨死体験まで経験したことで、元々無用なまでに強靭だった彼の精神は更に鍛えられたようだ。 「俺と世間は置いといて、お前的にはどうなんだ?」 「・・・・・・え?」 「ど―――っしても、幼馴染以上に見られない、とか、いっそ俺が嫌いだとか・・・そういう理由があれば、俺だって諦め・・・られなくもない・・・ような気がする」 「何よ、その念入りな予防線・・・・・・」 「で、嫌なのか?」 「・・・・・・・・・・・・」 ここで「その通り」と言えるようなら、最初から取り乱したりはしないのだ。 (・・・押し問答もとい交渉継続中。しばらくお待ち下さい・・・) ところで梯子から落ちた環は、圭士の予想通り下にいた熊さんにキャッチされていたのだが、その場にいる人数が増えていることに目を瞬かせていた。 中央では3ブロック先に住んでいる因幡さん(兎)が、2階の物音に耳を澄ませつつ実況中継に余念がない。 「どう思います、士郎さん?」 「・・・・・・」 「はい、じれったい2人ですね〜。おっと、春麻さんは逃げに走っております。『幼馴染のままじゃ駄目なの?』だそーです」 「潔くないぞー!」 「『無理』即答です。即答で却下しました!」 ・・・上の方から、『ちょっとくらい悩んでよー!』という悲鳴が聞こえた。 「よし、圭士頑張れ!」「押し倒せ!!」 「みんな他人事だと思って・・・」 「現在春麻さんは無言ですが・・・圭士くん、引き下がりません」 そして一同が固唾を呑んで注目する中、ついに決着が着いた。 「・・・春麻さんが折れました! 取り敢えずのお試し期間を勝ち取った模様です!」 「「「オメデトー!」」」 一同は表の通りから祝福を送ったが、2人の世界に入っているだろう圭士と春麻に届いているかどうかは不明だ。 後に「名物」と呼ばれる馬鹿ップルの誕生に立ち会ってしまった環は、何だか釈然としないものを感じつつ首をかしげる。 「一件落着?」 士郎が、『その通りである』というように頷いたが、彼が数年後に弟(の孫)と似たような道を辿る事になるとは、本人はもちろん環すら知らなかった。 |
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