祭のどさくさに紛れた問題行動への的確な対処法>> | ||
さて、どうしてこうなったんだっけ? 環は心の中で呟いた。 自分の足にしがみついて、多分小学生くらいの(真っ当に年を取る知り合いが少ないせいで、彼は人の年齢を当てるのが苦手だった)子供が泣いている。子供用の浴衣を着た男の子だ。 「おとーさん・・・(グスグス)おかーさん・・・(エグエグ)ふえええぇぇ!」 ・・・周囲の視線が痛い。 『可哀そうじゃん、何とかしてやれよ』という視線はまだ良いのだが『うるせえなあ、早く黙らせろよ』という視線を送ってくる輩が少なくない。 あーあ、嫌な時代になったもんだ。 この『嘘泣き』に騙されてやれない自分の目と勘の良さが、少し恨めしい。 芙喜の住まいから■△湖まで降りて、湖沿いに車を走らせること10数分。まず地元の人から観光客まで利用する大型スーパーマーケットで数日分の食料と大量のドッグフードを買い込んでから祭りの会場(何の祭りなのかは知らないが、多分観光客相手のイベントだろう)にやってきたわけだが。 ・・・1分足らずで、漁火が迷子になった。 「やると思った」 冷静に頷いた環は、芙喜と紫を待たせて漁火の痕跡(元が異様に霊格の高い大蛇なので、わざわざ探すまでもなく通った後がはっきり見える)を追いかけた。 誰かに攫われるタマでもないし、財布は持たせていないので強請り、たかり、詐欺は問題ない。喧嘩に巻き込まれたら本人より周囲の心配が必要な奴だから、迎えに行くのも気楽なものだ。 至ってのんきに歩いていたら、何か軽い物が足めがけて飛びついてきた。 そして、今に至る。 一向に泣き止まない子供は、よくよく見れば結構綺麗な顔をしていた。中性的な顔立ちに、つり上がり気味の大きな目が印象的である(今はクシャクシャになっているが)。 あの種族には多いよなあ。このタイプの顔・・・ 「じゃあ、一緒に探そうか?」 しゃくり上げながら頷いた子供は、環の差し出した手を握り、引っ張った。 どう考えても人のいない方に向かっているのだが、環は黙ってついて行く。 子供が立ち止まったのは、会場から少し離れた人気のない辺りだった。 時間を差し引いても、不自然に人が少ない。恐らくここで大声を出しても、周りにいる人間には聞こえないだろう。 「どうしたの? お兄ちゃん」 無邪気を装って見上げてくる小さな頭に、軽く手を乗せる。 「あのさあ」 ぽんぽん、と撫でてやりながら、一言。 「尻尾が見えてるよ」 ふさふさとした狐の尻尾が2本。年のわりにうまく隠せているが、まだまだ・・・ 「・・・・・・っ!」 次の瞬間圧し掛かってきたのは、奇妙な獣だった。 全体的には狐に似ていなくもない。ただ環より2回りは大きく、裂けたような口の中には尖った歯がびっしり並んでいる。 『大人しくしてろよ! 抵抗したって痛いだけなんだからな!』 鉤状になった爪が肩に食い込んで、抵抗するまでもなく結構痛い。 状況からして、良からぬ目的だろうとは思っていたが・・・ どちらかと言えば頭脳派が多く、目的よりも過程に拘るのが狐一族だ。直接こんなことをするのは珍しい。 「俺を、食うつもりなんだ?」 落ち着き払って問いかけてやると、血走った目が『きょとん』と瞬く。 ・・・やっぱり、子供じゃないか。 「命乞いをするつもりはないけどね。止めておいた方がいいと思うよ?」 警告と同時に、物理的な圧迫を感じるほどの殺気がその場に満ちた。 「怪我は?」 「ん。大丈夫」 体の上から狐が引き剥がされたので、起き上がって背中を払う。 「こいつ、食ってもいいよね?」 漁火の目は完全に据わっていた。片手にぶら下げられた狐は、殺気に当てられたのか本性を曝している。 「それだけで足りる?」 本性を現せば100メートルをこす漁火に比べて、この狐は環の両手に収まりそうなサイズだ(尻尾除く)。妖怪になりたての仔狐らしい。 「まあ、オヤツくらいには・・・」 掠れた悲鳴が上がった。 「冗談だよ」 先程まで喋っていた相手が食い殺されるのを見物するような趣味はない。漁火も・・・まあ、2割くらいは本気だったかもしれないが、むやみに他者を食ったりはしない。 今現在、仔狐に向いているのは怒気と殺気で、食欲ではない。 まあ、どちらにしてもここで仔狐が死んでしまったら先程ちょっと思いついた計画が試す前から駄目になってしまうので、助け舟を出すことにした。 「イサ、その辺にしてやって」 「いいのか?」 「うん。今回は、俺が誘った部分もあるから・・・」 怒るかな、と思いつつ白状すると、漁火は深く溜息を吐いた。 「環はさ・・・。どうして外だと無謀になるんだ?」 確かに魔法街ならば、こんな失敗はしない。一番気が抜けるはずの自宅付近が大丈夫なのに他の場所で下手を打っているのだから、漁火が呆れるのも尤もな話だった。 「・・・ごめん」 場所は関係なくて、漁火の側だとつい安心してしまうんだと言ったら余計に呆れられるだろうから、これは黙っておくことにする。 |
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