犬と狐の種族的対立とそれを凌駕する第三者への危機感>> | ||
人里に出たが最後、機動隊が出動しかねない巨大肉食獣(野犬は保健所の管轄だが、サイズがサイズである)と、大きさは仔猫程度だが人を襲った前科持ち(未遂)の狐。 「どうするべきだと思う?」 環は真面目に悩んでいるらしい。 「基本的に外に関らないのがウチ(魔法街)のルールだけどさ、流石に放っておくのも・・・でもあの子たち、邪気が無いから殺すのは寝覚めが悪いって言うか」 「あのさ委員長・・・そういう殺伐とした選択肢じゃなくてさ・・・」 紫が「魔法街で引き取れないか」と訊ねると、環は難しい顔になった。 「あの巨大犬とミニ狐の世話は、誰がやるの? ユカちゃんできる?」 「やる!」 ここで『できない』とでも答えようものなら、あの2匹はどうなるのか。どう転んでも怖い想像にしかならなかったので、必死で首を上下に振る。 「ちゃんと常識教えて、普通に生活できるように面倒見れる?」 「見る! 見るから!!」 「だったら、俺は構わないけど」 そっけなく許可を出した環が心の中でガッツポーズを作っていた事を、幸いにして紫は知らない。 問題の巨大な土佐犬と仔狐は、表で一緒に繋がれていた。 種族的な相性は最悪のはずだが、本能で1番安全な場所がわかったらしく、ぴったりと寄り添い合っている。狐など、みゅうみゅうと泣きながら犬の腹の下に潜り込んだきり、顔を見せようともしない。 動くに動けない犬は座りっぱなしのままちょっと首をかしげて紫を見た。腹這いの姿勢で、立っている紫の顎くらいに顔がある。 「あの・・・さあ」 多分この辺りにいるだろうと見当をつけて、犬の脇腹に話しかけてみた。 「良かったら、俺たちと来ないか? 俺も居候だからあんまり勝手は出来ないけどさ」 多分、士郎は何も言わない。それは紫に好意を持っているのとは別の次元の問題で、つまり彼は迷子を見捨てておけない保父体質なのだ(外見からは想像もできないが)。 聞いた話によると、魔法街に住む人間(常に超少数派)は1人の例外もなく彼の世話になっていると言うから、筋金入りである。 「魔法街って言って・・・業界では有名らしいんだけど」 「まほうがい?」 そう言ったのは、仔狐の甲高い声ではなかった。 外国人が覚えたての言葉を使っているようなたどたどしい調子だが、紫たちと同年代くらいだろう、少年の声である。 「・・・?」 「まほうがい、しってる。ぎょーかい、しらない」 座り込んだ犬が、口を利いていた。 「に・・・日本語、うまいんだな」 「にんげんとはなすの、はじめて」 何を言えば良いか分からないのでとりあえず褒めてみると、長い尻尾がユサユサと揺れる。 「お前も喋れるなんて思わなかったけど・・・」 「ことば、にんげんをきいておぼえた。ははおやのかいぬし」 「・・・えーと? つまりお前の母親は犬で? 母親の飼い主の言葉を聞いて覚えたのか?」 「ごしゅじん。おれ、そだちすぎるからすてた」 母親が犬ということは、父親は違うのだろうな。そりゃあ飼い主もびっくりだよな。 普通にそう考えるようになった自分が、少し悲しい。 腹の下にいる狐と何やら言葉を交わした犬は、親犬がやるように咥えて引っ張り出そうとする。すると突然安全地帯から出された仔狐は必死に暴れだした。 どうも、環と漁火が脅かしすぎたらしい。 犬が一緒に行けるように縁側の戸を開けてやると、座敷にいた3人(2人と1匹)が、面白そうにこちらを眺めている。 「紫。その犬を座敷に上げたら、床が抜けるじゃないの」 「確かに・・・人間の格好になれる?」 「やってみる」 立ち上がった犬が体を揺すると、スルスルと縮み始める。数秒後に現れたのは、紫達と同じくらいの少年だった。 「詐欺だ・・・・・・」 「さぎ?」 仔狐を抱いたまま首を傾げる彼は、変身になれていない者にありがちな素っ裸だったため、芙喜が浴衣を出してきた。 体格はしっかりしているが逞しいと言うよりしなやかで、環より頭半分ほど背が高い。顔立ちは端整すぎて冷たく見えるほど。 この外見から連想するのは、ドーベルマンやシェパードといったスマートな洋犬タイプで、間違っても土佐犬(他の日本犬にない、逞しい骨格と筋肉を誇る)ではない。 「あらあら、綺麗な顔だこと」 唖然としている孫と違って、漁火を見て「ベルトかバックにしたい」と言ってのけた女傑は素直に感心しているようだ。 環が冷静に、「相当霊格が高いみたいだね。父親は山神かな」と批評した。 |
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