4日目 消化と吸収(2)ー胃と小腸での消化ー
今日は胃と小腸での消化について勉強します。胃では三大栄養素のうちのタンパク質の消化が進みます。小腸へ入ると糖質、タンパク質、脂質のすべての消化が進み、体内への吸収が行われます。
(1)胃ではタンパク質の消化が進む
胃に入ってきた食物は胃液と蠕動運動によって消化が進みます。胃での消化により、食物はお粥のようになります。お粥のようになると徐々に十二指腸へ胃の内容物は送られます。胃ではペプシンとよばれる消化酵素によってタンパク質の分解が始まります。タンパク質が分解されるとアミノ酸になりますが、胃では完全に分解されずアミノ酸とペプチドになります。ペプチドはアミノ酸が結合したものです。胃でアミノ酸に分解されなかったペプチドは小腸でアミノ酸へと分解されます。
[胃液] 胃液の中に含まれるものは胃酸とペプシンです。胃酸は塩酸で、ペプシンはタンパク質分解酵素です。
(2)胃酸は食物を溶かし、タンパク質の消化に必要
胃酸はとても強い塩酸からできています。塩酸に触れると皮膚はただれ、組織が壊されます。こんな恐ろしい塩酸がなぜ体の中にあるのでしょうか。
①ペプシンに不可欠な塩酸: ペプシンはタンパク質を分解する酵素ですが、胃の分泌腺から出された直後はペプシノゲンとよばれる化学物質です。ペプシノゲンはタンパク質を分解できませんが、ペプシノゲンが塩酸によって活性化されてペプシンになります。胃の内面にある胃壁には胃小窩とよばれるくぼみがあり、その中にペプシノゲンを分泌する主細胞と塩酸を分泌する壁細胞があります。塩酸は物を溶かしてしまいますから、壁細胞から出るときは水素イオンと塩素イオンが別々に出て胃の内腔で塩酸になります。この塩酸によりペプシノゲンは分解されペプシンになります。ペプシンは酸性(最適なpHは2)のなかで酵素としての働きが強まるので、ここでも塩酸が必要となります。
②塩酸には殺菌作用がある: 強い塩酸は組織を溶かしてしまいます。したがって胃に入ってきた細菌類は塩酸によって壊されてしまいます。そのため細菌が繁殖できず、胃の中の食物が腐敗しないのです。胃では食物によって違いますが、長い間、食物が胃ににとどまるので腐敗しないことが大切です。この強い酸に壊されないのがヘリコバクター・ピロリ菌であることはよく知られています。ピロリ菌には強酸から逃れる仕組みがあるのです。
③塩酸は食物を溶解する: 強い塩酸は食物を溶かしてしまいます。金属も溶かすのですから食物を溶かすのは容易です。酸はpHが7より小さい水素イオン濃度の範囲になり、pHが小さいほど強い酸(強酸)になります。胃ではpH1ぐらいまでの強酸になりますが、胃に入った直後は胃の内容物がすぐにpH1~2にはなりません。食物の量が多いと胃酸が薄められるからです。消化が進むにつれて胃酸が増え胃の内容物の酸性が強まってきます。
[塩酸はFe3+をFe2+にしない] 食物中の鉄はヘム鉄と非ヘム鉄に分けられます。ヘム鉄は肉や魚肉に含まれるヘモグロビン(赤血球にある)やミオグロビン(筋にある)に含まれる鉄(Fe2+)です。非ヘム鉄はヘム鉄以外のもので、野菜や穀物に含まれる鉄(おもにFe 3+)になります。ヘム鉄に含まれるFe2+は、鉄イオンになって小腸で吸収されるのではありません。ヘム鉄は細胞(小腸上皮吸収細胞)の管腔内側から中へ運ぶ輸送タンパク質(ヘム輸送体)によって細胞内へ取り込まれます。そして細胞内でヘムオキシゲナーゼとよばれる酵素でヘム鉄からFe+2が分離されます。非ヘム鉄として野菜に含まれているFe3+は胃酸によって野菜から遊離します。Fe3+は難溶性なので吸収されにくく、水溶性のFe2+の10分の1ほどです。Fe3+はFe2+になって吸収されるものもありますが、これは塩酸の強い酸で酸化されてなるものではありません。電子をもらってFe2+になるので、還元されることになります。塩酸には還元する働きはなく、還元を行うのは食物中に含まれるビタミンCなどの還元物質なのです。
(3)内因子はビタミンB12の吸収をよくする
胃液の中には壁細胞から分泌される内因子とよばれる化学物質があります。これはビタミンB12を結合し、小腸吸収細胞膜に結合してビタミンB12の吸収を助けます。ビタミンB12の重要な役割は赤血球の造血にあります。ビタミンB12が不足すると不完全な赤血球ができ貧血をきたします(巨赤芽球性貧血=悪性貧血)。巨赤芽球性貧血は胃がんにより胃の全摘出を行った場合に起こります。栄養状態の良い現在のわが国ではビタミン不足では起こりにくいようです。
(4)胃酸の分泌には3つのステージがある
胃酸の分泌には3つの段階があり、順に脳相、胃相、腸相と進行します。
①脳相:私たちは美味しそうな料理がテーブルへ運ばれてくると、思わず美味しそうと目を見張ります。このとき、すでに胃では胃液の分泌がおこなわれ、食物を受け入れる準備をしています。これは食物に対して無条件に分泌されたり、過去の経験で美味しいという記憶がよみがえり分泌が生じるためです。経験に基づくものは条件反射と呼ばれます。条件反射は目に見えたもの、音で聴いたもの、匂いなどの情報が料理とともに脳に記憶され、後日こうした感覚の刺激で甦るために起こります。感覚⇨大脳皮質⇨延髄(迷走神経背側核)⇨胃と伝えられて起こります。
②胃相:食物が胃に入ると胃壁が刺激を受けて再び脳の迷走神経背側核へ伝えられ、胃酸の分泌が促されます。この神経は胃壁にあるG細胞と呼ばれる細胞を刺激し、そこからガストリンと呼ばれるホルモンが分泌されます。ガストリンはホルモンなので血液循環に入りやがて胃小窩の壁細胞などに働いて胃酸を分泌させます。ちなみにG細胞のGはガストリンからきています。このG細胞は、胃での消化が進んで食物中からのアミノ酸やペプチドから刺激を受けさらにガストリンを分泌するので胃酸は増大し、消化が進行します。
③腸相:粥状の胃の内容物が十二指腸へ送られてきて、その内容物の酸性がpH2より小さくなると、こうした強い酸が十二指腸壁にあるK細胞を刺激しGIP(胃抑制物質)とよばれるホルモンを出します。これにより胃酸の分泌が徐々に抑えられてきます。また、消化されてきた脂肪酸が増えることでこれもK細胞を刺激します。また、アミノ酸・脂肪酸はI細胞を刺激しコレシストキニン(CCK)とよばれるホルモンを分泌させます。これも胃の活動に抑制的に働きます。これらのことは胃での消化を終わらせていく仕組みであることがわかります。一方、十二指腸で分泌されるコレシストキニンは膵臓を刺激して三大栄養素の消化酵素を分泌させます。また、酸は十二指腸のS細胞を刺激してセクレチンを分泌させます。セクレチンは膵臓に作用して小腸で必要な電解液を分泌させます。すなわち、小腸での消化を進めるように働くことになります。
(5)小腸ではすべての栄養素が消化される
胃から十二指腸へ送られてきたび粥により、コレシストキニンの分泌がおこるとこれが膵臓を刺激して、タンパク質分解酵素(トリプシン、キモトリプシン、カルボキシダーゼ)、糖質分解酵素(膵アミラーゼ)、脂質分解酵素(膵リパーゼ)が膵管を経て大十二指腸乳頭から十二指腸へ放出されます。また、セクレチンにより膵臓からアルカリ性の膵液が分泌され、これら消化酵素が活性化するための環境が作られます。小腸では膜消化と呼ばれる消化があり、ペプチドと二糖類は小腸上皮細胞の細胞膜で消化を受け細胞内へ取り込まれます。膜消化に対して管内で行われる消化は管内消化とよばれます。次に各栄養素の消化をみていきましょう。
①二糖類は膜消化で単糖になり吸収される:糖質である炭水化物は麦芽糖とデキストリンに分解されて小腸へ入りますが、デキストリンは糖質分解酵素(イソマルターゼ)によって麦芽糖に分解されます。麦芽糖は小腸上皮細胞の細胞膜の刷子縁にあるマルターゼと呼ばれる酵素によって2分子のブドウ糖(グルコース)になり細胞内へ吸収されます。食物中の糖質には麦芽糖のほかにショ糖(スクロース)と乳糖(ラクトース)がありますが、ショ糖はスクラーゼによってブドウ糖と果糖(フルクトース)へ、乳糖はラクターゼによってブドウ糖と脳糖(ガラクトース)へそれぞれ分解されて吸収されます。小腸上皮細胞から単糖は毛細血管へ取り込まれ、肝臓へと循環していきます。
[刷子縁] 小腸上皮細胞の管内側には微絨毛とよばれる毛状の突起がびっしりと並び、細胞膜の表面積を増やしています。その微絨毛のびっしり並んだ領域は刷子縁とよばれています。そこには今お話しした二糖類分解酵素とこの後に述べるアミノペプチダーゼとよばれるペプチドの分解酵素が挿入されています。
②タンパク質は管腔内消化と終末消化を経てアミノ酸となり血中へ吸収される:胃において消化されたタンパク質はペプチドとアミノ酸になって小腸へ入ります。小腸では膵臓からのタンパク質分解酵素により管腔内でオリゴペプチド(トリペプチドやジペプチドなど)とアミノ酸にされます。このあと小腸上皮細胞の刷子縁にある分解酵素(オリゴペプチダーゼ、アミノペプチダーゼ)によってトリペプチド、ジペプチド、アミノ酸となり、吸収されます。トリペプチドとジペプチドは、細胞内ペプチダーゼによってアミノ酸へ分解されるため、最終的にタンパク質はアミノ酸となって血中へと吸収されることになります。
[小腸管腔内でのペプチドの分解] 膵臓からのタンパク質分解酵素は不活性型(トリプシノーゲン、キモトリプシノーゲン、プロカルボキシペプチダーゼなど)で十二指腸へ分泌されます。これらは小腸管腔内でトリプシン、キモトリプシン、カルボキシペプチダーゼとなって活性化します。
参考のために小腸でのタンパク質分解酵素の役割を記しておきます。
(a)トリプシン:トリプシノーゲンは小腸の腸腺から分泌されるエンテロキナーゼによってトリプシンにされ活性化します。トリプシンはペプチド鎖を配列内部で切断して長いペプチド鎖を短いペプチド鎖にします。また、トリプシンはキモトリプシノーゲンをキモトリプシンにして活性化させます。
(b)キモトリプシン:キモトリプシノーゲンは(a)のトリプシンによってキモトリプシンとなってペプチド分解酵素として活性化されます。これもトリプシンと同じようにペプチド鎖の配列内部を切断します。このような配列内部を切断するタイプはエンドペプチダーゼとよばれています。
(c)カルボキシペプチダーゼ:ペプチドのC末端側に作用してをアミノ酸を切り取り遊離させます。このように長いペプチドの末端から切断できるペプチド分解酵素はエキソペプチダーゼとよばれます。アミノペプチダーゼもエキソペプチダーゼになります。
(d)アミノペプチダーゼ:小腸上皮細胞の刷子縁にあり、ジペプチドやトリペプチドをN末端側のペプチド結合を切断してアミノ酸を切り取り遊離します。細胞内ペプチダーゼとはアミノペプチダーゼになります。