プログラマもしくは、システムエンジニアを志すにあたり、不備な点をあなたはご存知だろうか?
1.無知な新卒者以外の、中途採用者は率先力としての実務経験が求められる。該当なし。
2.各種国家資格よりも、使用できる言語を重要視とする。該当なし。
3.離職をなるべく避けるため、女子社員より、男子社員をできるだけ採用とする。該当なし。
男女雇用機会均等法という法律を、あなたはご存知だろうか?
採用ご担当者様、ご存知でしょうか? 私が、男装をしてまでもなぜ、この業種にこだわるのかを?
私は、私自身、なぜ、これほどまでして賭けなければならないのか、イマイチ理解できません。
ただ、今現在、言えることと言えば、「現状を打破したかったんだよな、私としては」
言葉はいつだって単純だ。
「打破、しすぎだろ、いくらなんでも」と、ひとりぼやく。
理由があるとしたら、ただこの言葉に尽きる。
単純であるが、単純であるがゆえに、抑えきれなくもあった。
現状を変えるにはなによりも、環境を変えることが手っ取りばやかった。福島の郡山にある電池製造工場から、恵比寿にあるIT企業への転身である。その頃、オペレーターとして同じラインにいた吉村を誘って、一緒に上京した。マンションは亀有に借りた。マンションといっても、名だけで内装はまるっきりのアパートである。風呂、トイレ付き、水道光熱費別でひとり月5万5千円。高いのか、はたまた安いのか、人により、判断は異なるが、吉村が見つけてきてくれた物件なので、文句は言えない。なにはともあれ、無事、上京はできた。そして、一応は契約社員としてだが、内定も受けた。・・・“オトコ”としてだが。
亀有から出発して、10分。常磐線から、千代田線へ。日比谷で乗り換えて、すぐそこが恵比寿だ。
仕事は月曜日から。そして、今日は日曜日。人込みもまばらな車内のなかを見渡す。
誰も、私のことをオンナだとは気付いていないのだろうか?・・・東京という土地は他人にたいして無関心だと聞く。
それがいいことなのか、悪いことなのか。排他的で人との関係を腐っても保たなければならない田舎と比べる。
関わってはいけない?関わる必要もない? そんな空気が漂っている。声をかければ、声を返してくれるだろう。
だが、声をかけなければ、たぶん、その先一生、関わることもないだろう。田舎も都会も実際上京してしまえば大差ない。
要は自分自身。他人に声をかけることが苦手な私にとってはどこへいこうともいつだって排他的であり、他人から見れば浮いていて、だが、私は、そんなことを知っていながら、やはり、どうすることもない。ある意味、自己中心的で、協調性のない孤独だと自覚があるたったひとりにすぎないのだ。
「気にする必要もなかったな」
揺れる車内のなかで、独り言をつぶやく。
それとなしに言葉が詰まる。昔から独り言が多い私は派遣をやっていた頃に、これが原因で“頭のおかしな奴”扱いをされたことがあったのだ。語弊があるかもしれないが、まぁ、単に孤独だったのである。ただ、・・・だた、それだけのことだ。途端に、なにかが込み上げるような虚しさに襲われる。忘れよう、忘れるべきだ。・・・思い出したくもない。派遣の作業をしていた頃は、別に悪いことばかりではなかった。赤の他人である私の将来を心配して安定した職を勧めてくれたのも現場の契約社員だった。
『このまま、ここにいるよりは、やりたいことに挑戦した方がいいんじゃないの?』
言葉はいつだって無責任だ。挑戦するのは私であり、あなたではない。
『なんで、派遣なんて、仕事やってるの? 新卒で派遣を選んだ? もったいない』
私だって、好きでこんな作業をしているのではないのだ。
『あきらめるのは、簡単だけどな、このまま、ここにいてなんになる?』
揺れる地下鉄の車内で、私は考え込んでいた。
無意味な言葉。無感情な言葉。無責任な言葉。
誰がどう見ても、責任がつきまとうのは、とうの本人。実行に移す私なのに。
「なんで、こうも無責任なんだろうな、言葉って奴は」
電車が西日暮里に到着した。この次、千駄木、根津とつづく。
人もまばらな車内では、休日出勤に向かう者、休暇をたのしむ者、意見の異なる支度をした人々が電車を乗り降りする。
電車の出発コールのあとに、行き先を再確認して、土壇場で電車から降りる人が目についた。東京の地下鉄になれなかった頃、私もどの電車に乗ればいいものか、同じことをしていた。なぜ、東京に上京しなくちゃいけなかったんだろう。なぜ、地元で安定した職を探さなかったんだろう。理由はいろいろあったようで、やはり憧れが強かった。自分を変えるために、するべき方法。リスクを背負ってまでも実行した自分自身。それが、いいのか、悪いのか、全てはまだ、電車の窓から見える色と同じく閉ざされていて、その手前には昔となんら変わらない目付きがただ、ある。濁った硝子窓の表面に自分の表情をうつしだしている。
こうなることを望んでいた。
こうなるべきだった。
夢としては曖昧模糊だった。
現実として、いまこの地下鉄に乗っていること。
今の私、昔の私。それが、そして、そいつが車内を見渡す。
ここにいる誰一人、私の素性も過去も、そして、現在なにを考えているのかさえも気づく者は誰一人としていないだろう。
だからこそ、私はここにいるのだと思う。
知らない街に、知らない空の下、まだ光の射さない空虚な地下鉄のなかで。
♀
上京すれば、なにかが変わるだろうと思っていた。
だが、それは結局は地元から、そして現状から逃げる口実だと理解もしていた。
自分を変えようとしたこと、自分を変えようと思えた場所。
私が私を誤魔化していると知った場所。
私が私を騙していると知ったとき。
全ては派遣の作業が教えてくれた。
池袋で個人面談をさせてもらった日だった。
パイプ椅子に座り姿勢を正す。妥協に妥協した情報系の転職のための派遣の面談だった。
「毎年、何百人と新卒が出ているのに、わざわざ君なんかを雇うメリットはあるのかね?」
期待して中途採用者として向かった先で言われた言葉だった。
こんなくだらない言葉を聞かされるぐらいだったら、中途採用者など募集しないでほしい。
私は、こんなくだらない言葉を聞かされに、わざわざ交代制の派遣のシフトに都合をつけて福島から始発の新幹線に乗り、面接しに来たんじゃない。
ほどなく、意味のない面接が終わり、残ったのは苛立ちの感情と、なさけないという自負だけだった。
気付いたら足は自然と会社の外へと向かっていた。車道を走るいくつもの鉄塊。雑音と騒音。絶えることのない人波。全ては別世界なのに。住む場所さえも、誰も私のことを知るはずがないのに。
なぜか、全てが見透かされている気になってしまう。
派遣のみじめな生活。適用性のつくれなかった私の能力の低さ。
私のこの、溢れ出てどうしようもない、だけど止められるはずもない不確かな感情。「自分を変えたいんです」
衝動だけで、感情の籠っていない御社への志望動機。「情報社会に対する御社の熱い情熱が・・・」
なぜか不思議と、ここへ来るとたじろぐ。なにかが確実に消え欠けていた。
だからこそ、私はここにいるというのに。排ガスにまみれた臭い空気を吸って、満員電車に詰め込まれて、どうしようもなく持て余す、劣等感とふがいなさに苛まれた人間が、ここに一人いる。ここに、突っ立っている。数日後に不採用通知をなげてくるであろう会社のまえに。しかも、派遣だ。なにか、自分という存在が意味のないことのように思えてならなかった。そう、思えてしまったが最後、私は足を踏み出さずにはいられなくなっていた。なにかをしなければ息が止まってしまうとすら感じてしまう。すれ違う、人波。狭い歩道。行き交う他人の目を、私は避けなかった。相手が私の第一印象でなにを感じているのか、全てを見たいと思った。私は、プログラマ志望であり、小説家志望でもあった。誰が、なにを考え、なにを心の隅に隠し持っているのか、私には知る権利があった。プログラマとして認められない限り、私は小説家志望の卵であり、たとえ、プログラマとして認められても、小説家志望を辞めることはできないだろう。そう、考えるようにしよう。
私は考えすぎていた。考えなくてもいいことさえも。
ながいあいだ。そう、いつだったか、あの文庫本を手にした頃から。
ふいに狭い歩道で知らない誰かと肩がぶつかった。
「痛っ」浅い考え。くだらなすぎる夢。
気付けば私は他人なんかの視線を気にしすぎて歩道の電柱付近にぶざまによりかかっていた。
視線のはしで見えてしまった。ぶつかった相手が視線だけを送り、人波にながれていくさまを。
一瞥とも、心配しての視線ともとれる曖昧な視線だった。同時になにかが狂ってみえた。
なにかが狂ってもいた。
私のなかに、私のそとに。
おかしくて、笑えてくる。
夢、希望。まるで小説のなかの話だ。
またも、私は言葉に翻弄されていた。
どうしようもなかった。
ダメ、だった。
そんな、くだらない言葉なんて捨ててしまえばいい。
「なにしてんだよ、私」
独り言だった。
自然とでてきた私自身の言葉に、なきたくてしかたなかった。