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銀の弾丸  6, 3/4



   ♀


「ノー・シルバー・バレットっていう言葉を知っている?」
 吉村は、私の顔を覗き込むような表情で問いかけてきた。会社が倒産し、転職活動中だった私は誰もがやるように、転職サイトに登録し、希望の条件に合う企業に応募フォームから紹介文を飛ばした。そして、やはり、誰もがやるように、履歴書と職務経歴書を書いていた。
「狼男を倒す銀の弾丸?」
「ソフトウェア開発に関する銀の弾丸の話だよ。1986年にフレデリック・ブルックスが発表した論文。全ての問題に通用する万能な解決策などは存在しない。狼男や悪魔を一発で撃退できる銀の弾丸の意味が転じて、何かの事象に対する対処の決め手など存在しないってことを意味する」
 仕事帰りの吉村はスーツ姿からジーンズと紺のパーカ姿であらわれた。
「なにごとも、地道にやることが大切ってことだね」
「・・地道ねぇ。吉村も、そうやってきたの?」
「誰だってそうさ。目が覚めたら超人になっていた。なんて、馬鹿な話、聞いたことない。日々、勉強さ」
「いつまで、勉強すればいいのかな?」
「生きている限り、生きることこそ、なにかを学ぶってことだし。生きている人間に学ばない人間なんか、いないよ。なにかを、感じて、なにかを想って。そのひとつひとつが、また、勉強なのかもしれない」
「吉村は満足しているの、この、仕事とか」
「満足してしまったら、それ以上、上には成長できない。少しぐらい物足りないぐらいがいつだってちょうどいい」
「私は、いつもなにかが足りない感じがしてるよ」
「きっと、今が伸びるときなんだよ」
 私は手元に視線を移した。書きかけの履歴書とほとんど意味のなさない職務経歴書。ふりだしに戻った私のエンジニア生活はまだ、はじまる以前なのだ。


   ♀


 気付けば12月もあと残り少ない。外はよりいっそう寒くなり、私は依然と変わらず就職活動を続けていた。人が込み合う路地でアメ横の活気のある声が飛び交っている。
「外は、寒いね。吉村」
 久しぶりの休みを吉村と肩を並べ歩いている。なんとなく気付けばクリスマスというイベントすら過ぎてしまっていた。私と吉村は正月の帰郷にそなえ、今から上野のアメ横を散策し適当に乾き物を調達したあと、上野恩賜公園を目指して散歩していた。西郷隆盛銅像の傍らに寄り添う犬のツンを見届け、その先をいくと、清水観音堂、上野の森美術館、東京文化会館、竹の台噴水と景色が広がっていた。東京という都会にありながら、この公園にくるとなぜかここが都会だということをわすれさせてくれる。旧寛永寺五重塔、上野東照宮、弁天堂と公園を一回りする頃には私も吉村もだいぶ疲れはじめていた。私と吉村は弁天道からみえる蓮池をながめながら、とくに話すことなく休憩を終えて、かえるの噴水までたどり着いた。
「噴水っていうほどのものじゃないな」

 会話をした記憶が極端に少ないのは、きっと、会話をしなくても一緒にいられる間柄にまで私と吉村はなっていたのだ。そういう関係が良くも悪くも、私は嫌いでないことに気付いた。
「明日から、また仕事だね」
「やめろよ。休みの日に仕事のことなんか」
「職場はたのしい?」
「ふつう」
「リーダーは元気?」
「元気なんじゃないの?」
 仕事のことばかり訊く私に不貞腐れる吉村。そのことが、とてもおかしくて、とてもかけがえのないひとときに思えてくる。いつか、吉村は私の元から去るだろう。もしかしたら、私から吉村の元を去る日がくるかもしれない。いつもとかわらない日常のなかで、昨日とは違う日常を私たちは確かに生きていた。


   ♀

 私たちは心のどこかでつながりを求めている。私も、きっと吉村もそうであるように。すべてのことがあやふやで足元がぐらぐらとゆらぐ現実に疲れ果てたように。私はそんな心の不安定な部分を埋めてくれる心のつながりを求めていた。都会という場所は人を孤独にさせる。田舎のように排他的とは違う。ここでは、全てが自己責任で、全てがそう思わせるようにつくられている。12月も終わる頃、仕事帰りの吉村はネクタイを緩めながら、ネットで転職サイトをあさる私に声をかけた。

「ニシオは、実家に帰省するんだろ?」
「うん。一応ね。吉村は?」
「するよ。一応は」
「一応ってなんだよ。一応って。親不孝な奴だな吉村は」
「そういう、ニシオこそ」
 フフフ・・・、と一応は笑顔をもらす。
「会社がつぶれたってこと、ちゃんと伝えたのかよ、ニシオ?」
「言えるわけないじゃない。帰省したらいまさら、どんな面さげてもどってきたんだって言われるよ。それに、吉村とルームシェアしていることさえ言ってないんだから」
「ニシオの親怖いもんな」
「そうそう、ものすごく怖いのよ。この世で一番、怖いかもね。・・って、吉村私の親なんて知らないでしょ?」
「なんとなく、想像はできるよ。なんたって、ニシオの親だし」
「どういう意味だ?」
「想像すればわかること」
「勝手に想像するな。そんなことより、帰省のお土産なんにする?」
「そうだね。アメ横あたりの乾き物でいいんじゃない?」
「アメ横か。上野だっけ?」
「上野。今度、一緒にいこうぜ」
 そうだね。と私は笑顔の吉村を見て答えた。

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