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銀の弾丸  6, 4/4



   ♀


 いつからだろう。ここは、どこだろう。私はここが何処なのか知らない。遠い場所、遠い時間。ただ、私は何処か行き先も知らない電車のシートに座っていた。乗客が誰も見あたらない。これが、夢だと気付いたのは、そこからだった。外の景色は私の田舎、福島の光景だった。まだ、学生だった頃の私はいつも、この路線を使っていた。遠くに見える陸橋は高速道路で、道は気持ちのいいほどの直線を描いている。「白河白鳥レイクライン」私は無意識に口に出していた。空を見上げればどこまでも高く、澄んだ青が視界に入りきらないほど無限に広がっていた。私がいた頃。私がいた場所。白河の駅へとたどり着くと終点を告げるアナウンスとともに、私がたったひとり電車から降りる。ホームにはやはり、誰もいなかった。そうして、私はあきらめて振り返ると、そこに、いた。彼女は改札口の外で、私を待ちわびていたように、手を大きくふりながら私にいった。
「セツナちゃん!」
「・・ミイコちゃん?」

 私の言葉に若干の疑問符が含まれていたのは、写真でしか見たことがなかった高校の制服を着たミイコちゃんだったからだ。ミイコちゃん、なんでこんなところにいるの? そんなことまで、顔に出ていたのだろう。私の疑問にミイコちゃんはあっさりと答えた。
「夢だから」
「え?」
「きっと、これがセツナちゃんの望んだ夢だから」
「ミイコちゃんが夢っていうなら、それは、そうなんだろうけど」
「切符は?」
「ん? あ、ない! どうしよう?」
 探している間に気が付いた。私も高校時代のブレザーの制服姿になっている。
「知ってた? セツナちゃん。今まで乗ってきた電車の運転手も、駅員もここにはだれひとりいないんだよ。私とセツナちゃんだけ」
 私は驚きながら、あらためて、夢のなかにいることを知った。
「天気がいいからさ、どっか学校さぼって散歩しにいかない?」
 無邪気に笑うミイコちゃんは公園で遊んだ頃の笑顔とまるで変わりない。私は、ただ、この不思議な夢のなかを楽しむことにした。


   ♀


 車がゆるやかに上り下りするスロープまでたどり着くのに涼しい風が吹くなか、かるく汗ばんでしまった。普段から運動などしていないからだろう。先をゆくミイコちゃんはスロープを降りて、とっくにがらんどうの駐車場に立っていた。ぶんぶんと手をふりながら、早く、早くと叫んでいる。ライフポートわしおに着いたのは、歩いて4分ほどだ。白河駅から、白河白鳥レイクラインと旧陸羽街道をわたった先にある。白河白鳥レイクラインを渡ったすぐそこにはローソンがあったのだが、ミイコちゃんはここはいつもきてるから、とわけのわからない言い訳を残しズンズンと先に進んでいってしまった。ついて行くのがやっとだった私は、小さい頃、よく自転車で団地からこのライフポートわしおにおやつを買いにミイコちゃんと遊びに行っていたことを思い出した。無駄に広い駐車場を抜けると、スーパーマーケットの自動ドアをくぐる。何年ぶりだろう。そんなことを思い返さずにはいられなかった。総菜売り場、冷凍食品売り場、酒、米、肉、魚。ミイコちゃんは? お菓子売り場を探すとあっけなく、ミイコちゃんはそこにいた。
「ねぇねぇ、なんにする? キャベツ太郎とか、ポテチとかあるよ?」
 私は童心に返ったような気持ちになった。誰もいないことをいいことに私はミイコちゃんにこれを勧めた。
「納豆味のうまい棒がいいな。あと、さくら大根とさくらんぼ餅。プチプチうらないに、ビッグチョコ!」
「よし、全部買った!」
 言うが、早いかミイコちゃんはカゴにどんどんと私が言った駄菓子を詰め込んでいった。飲み物のスポーツ飲料2本を手にすると、勝手に袋に詰め直し、ミイコちゃんはスポーツ飲料の入った袋を、私には駄菓子の入った袋をよこした。ひとりで食べきれるのか、本当に。ふたりぶんの駄菓子を詰め込んだ袋を私はぶら下げながら、私たちは昔なつかしライフポートわしおを飛び出した。


   ♀


 次に私とミイコちゃんが目指した場所はライフポートわしおと駅を挟んで真逆に位置する城山公園だ。小峰城跡が見える芝公園。ライフポートわしおからだと10分くらいかかる。私は幼少の頃、らくらくと自転車であそびまわっていたのに、芝公園に着く頃には軽く息を切らしていた。
「運動不足だよ、もう。セツナちゃん」
「ごめん。最近、デスクワークばっかだから。ほとんど体動かしてなくて」
 はぁはぁと照れ笑いで見ると、スポーツ飲料を差し出すミイコちゃんの困ったような顔があった。私は受け取ると、勢いよく一口飲む。
「ベンチとか、あればいいんだけど。あそことかどう?」
 ミイコちゃんは青葉が揺れる木陰の下を指さした。ちょうど、小峰城跡が見える場所にある。うん、そこにしよう。私とミイコちゃんは木陰の下にあるベンチへ腰を下ろした。頬に心地いい風があたる。さわさわと青葉がこすれあう音を背にして、私は一息ついた心持ちになった。
「じゃぁ、さっそく」
 ミイコちゃんがスナック菓子の袋を開ける。そういえば、ミイコちゃんは駄菓子だとスナック菓子が好きだった。私はいつもいまと同じものを買っていたように思う。なぜだろう? 『サクッ』音も味もする。
「どう? 最近の調子は?」
 ベンチの背もたれにもたれながら、風に揺れる青葉をながめていた私はなにも考えずに答えていた。
「うん。納豆の味がする」
 しばらくもしないうちにクスッと笑うミイコちゃんが言った。
「そうじゃなくて、仕事のほう」
「仕事?」
「ここじゃない、現実のほう」
 あらためて、私はここが夢であることに気付かされた。
「あれ、ねぇ。本当に、これって夢なの?」
 ぽかんとするミイコちゃんに私はさぞかし間抜けに見えただろう。
「あたりまえじゃない。私は死んじゃってるんだから」
「あぁ」
 私は、いまさらながらこれが夢だとはっきりとわかった。
「そうだったね」
 なぜだろう? 私は思った。なぜ、私はこんなにも暖かい思い出がつまった故郷から出て行ったのだろう。東京という2文字が海の先にある別の国のような場所だと思っていた。私は、居場所を求めて、そして・・
「夢は叶った?」
 ミイコちゃんは私をやさしく見つめてくれている。
「まだ。まだだよ。これからさ」
「よかった。夢、できたんだ?」

 私は無意識に答えていたことの答えがようやくわかったような気がした。風が吹き、心地よい日差しのもと、ベンチに座る私とミイコちゃんは輝くばかりの芝生の大地をみつめたまま、夢が覚めないように願った。
「うん。夢、できたんだ」

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