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ギャグショー  8, 1/4



   ;ギャグショー


 言葉には、言霊が存在する。人は、なぜ物語をかたるのだろう。私が、私という個が意味もなく存在しているように。小説のはじまりは、起承転結の順ではじまり、終わる。小説のなかの主人公のように私たちはすべての事柄に対して個の理由をつけ、判断し、結論を下す。そうすることで個が生きているという証明になると信じて。だったら、なぜ、吉村はこんなタイトルを自分の小説につけたのだろう。それだけが未だに私のなかでは解せないのだ。

「書き上げたよ、ギャグショー」
 心なしかどこか照れた顔をして吉村は私に小説のゲラを手渡してきた。東京に戻ってきた私は、未だに転職活動中で、そんなものを読んでいる余裕なんて本当はないはずなのに。そう思いつつもゲラを受け取り、一枚、また一枚と丁寧に文字を目で追っていった。もしかしたら、これを読み終わってしまったら、吉村は私の前からいなくなってしまうんじゃないだろうかと心の隅でなぜか意味もなく思いながら。そして読み進めていった私は気が付いた。
「後半がないよ。途中で途切れてる」
「あたりまえだろ」
「なんで?」
 吉村は言った。
「ニシオの人生、まだ、はじまったばかりじゃん?」
「でも、小説。・・ギャグショーはどうするの?」
「どうするのって訊かれても、半分は趣味だからな」
「あとの半分は?」
 私の座っているデスクから吉村は片手を振って離れていく。
「興味本位」
「このゲラはどうするのよ?」
「感想を聞かせてよ。何度でも書きなおすからさ」
 その瞬間。吉村が自分の部屋へ戻るその瞬間、私はあきれてもいたが、心のどこかで安心してもいた。
「そもそも、ギャグショーってなんだよ? ギャグショーって」
 そうつぶやく私はパソコンのモニタに向き直り、中断された転職先探しを再開した。


   ♀


 薄いファンデーションと、目立たない程度の口紅をつける。女もののスーツに袖を通すのは上京してはじめての経験だった。髪をほぐし、髪留めでとめる。鏡を見て確認する。目立ちすぎず自然だ。
「うん。バッチリ」
「おはよう。・・って、うぉ、びっくりんこ!」
「・・とつぜん、なによぅ」
「いや、洗面所で顔あらおうと思って」
 赤いジャージで瞼をこする姿から一変、寝ぼけ顔が消えていた。
「どーしたんだよ。いったい。男装は?」
「やめた」
「なんで?」
「面倒くさくなったの。私は女なんだから、これでいいじゃない」
「でもさ、それじゃぁ、ギャグショーの意味がなくなっちゃうんじゃ・・」
「え?」
「いや、そうか。男装やめたんだ! よかったよかった。これで万事順調だな!」
 ハハハッとわけのわからない笑いをする吉村をよそに、私は冷静だった。
「もう、いいの。男か女か。そんなくだらない理由で落とされるぐらいなら、私最初から内定なんて断るから」
「おやおや、内定が前提なんですか?」
「まあね。じゃぁ、いってくるよ」
「メシは?」
「もう、食べたよ。吉村のぶんも用意しといたから食べてってね」
「あぁ、それはありがたい」
 私は洗面所から自分の部屋に戻り、男物のショルダーバックから女物の手提げのバックに持ち替える。あの文庫本は、お守りのはずだったあの少し黄ばんでいて、湿気でふにゃふにゃとなったところが渇いてかさかさになっているお守りの文庫本はもう、バッグのなかにはない。バッグのなかにあるのは履歴書と職務経歴書。ただ、それぐらいのものしかない。これまで使っていたショルダーバッグのなかに文庫本を入れたまま私はそれを、物置にしまいこむと、手提げのバッグをもって、部屋をあとにした。
「いってらっしゃい」
 吉村の声が響いて、私は溜息の代わりに言った。
「いってきます」
 マンションの一室を抜けると、空は電線と高層ビルの間をはさみ確かに輝くような青空が広がっていた。


   ♀


 人が生きることなんて、ただの死ぬまでの暇つぶしだと思っていた。ミイコちゃんが死んでしまったあの日から、私は自分でも解決できない想いを胸に溜め込んでしまっていた。夢を持つこと。それは、そんな私が必死に生きようとあがいて解決策を模索した結果だったのかもしれない。誰だって、つまらないことなんて考えたくはない。派遣をやっていた頃、せめて底辺にいるとしても、希望を夢見ていたかった。上京を決めた頃、才能なんてないとわかっていても、リスクがつきまとうと感じながらも、私は私の思うままに進んできた。いままでの良かった思い出も悪かった思い出も時間が風化させてくれる。だから安心できた。私には現在しかない。過去に悔いを残してもそれは過ぎたことだ。わからない未来のことを考えるのは止めよう。私は現在、今しか見ていない。それでいいじゃないか。面接を予約していた企業の前に立つと、私は以前とは違う自分を確かに実感していた。


 瞼を閉じれば思い出す。
『居場所がここにないとか、思うなよ!』
『居場所ってな、立っている足元がいつだって唯一の居場所なんだよ。上京だの、帰郷だの、関係ない。いつだって、今いる足元が、居場所なんだ。だって、西尾は西尾だろ? 居場所で西尾が変わるのかよ? 変わらないよな。だから、俺は待ってる。この場所で』
 私は神谷のことが好きだったのかもしれない。
「俺の勝手だ。どこにいようが、俺の自由だ。誰にも文句はいわせない。だって、俺はいまここに、立っているんだから」
 私は神谷の言葉を思い出して声に出した。それから、私は立ち止まっていた場所から最初の一歩を踏み出した。

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