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クソッタレ解放区


vol_1.3   一歩



 寝ぼけた眼を擦り、時計を見ると、もうすでにお昼近い。休日の日にはよくあることだ。
 平日の早起きを味わえば誰でも寝過ごす。少年は枕元の目覚し時計を戻して独り言をつぶやいてあたまをかく。そして、今日の予定をチェックする。
 でも、少年の用事はない。少年は小さく微笑んで自由な時間という蜜を味わう。

 人間というものは不思議なもので、用事がない日に限って「今日は自由だ」とか言う。
 それが長い仕事の合間にやっと取れた休暇だったり、学生生活をエンジョイできない少年少女たちの束の間の休日となれば、跳ね上がるほどうれしいことだろう。少年少女。でも、彼らはその束の間の休日をどう過ごすのだろうか。
 ただボーと過ごして終わらすのか。または趣味につかって心を暖めるだろう。

 でも、僕は違う。
 僕は毎日が休日だ。そして僕には毎日なにもない。なにも予定がないのだ。ただ、テレビを見ることぐらいしかない。
 ちゃらけた話だが僕にはまったくといっていいほど趣味がないのだ。なにをやっても興味がわかない。
 天然、いや、産まれもって、これといった執着心がないのだ。言い砕いて言うならば、僕は世に言う、無気力人間。
 自信を持って宣言できる。

 僕は「無気力人間」

 そんな僕に愁という変な不良仲間ができた。彼は僕が起きる時間より早く家へ顔を出し、なんの因果か僕を叩き起こしていくんだ。おかけで昼は辛い。でも、最近になってようやく早寝、早起きという一般的なリズムにもどりつつある。
 まだ1時や2時に寝てるけどね。でも、まえよりはまともになったと思う。この調子ならなんとかなりそうだ。



 カチカチカチ・・・。
 文太がキーボードを見ないでかろやかに一個、一個のキーを水流のごとく叩いていく。ブラインドタッチ。
 僕は横目で黒いボディにIBM製の3文字のロゴがついた液晶画面をまわりこんで盗み見た。

「どうだ、俺の作品は?」
 黙って首をふる。
「なんだよ、どこか不満か?」
「無気力人間ってとこ止めてくれないかな。それになんかこの文章、薄っぺらい。僕だってたまに本ぐらい読むんだからさ、こんなんで小説家って、全然ダメじゃん」
 僕は文太に遠まわしながら「馬鹿か」と言いたい。こんなんで小説家気取りなんてちょっとおかしいんじゃないだろうか。どうみても、素人だ。

「馬鹿野郎。俺はこうみてもまだ無名だが、後にこれがドラマ化してだな、注目をあびる。そして、ついにはゴールデン進出。さいては映画化決定!!」
「馬鹿か」
 こんどは声に出してしまった。
「小説たって一ヶ月かけて、まだこれしか書いてないだろが。そもそもテメェはひきこもりって言ったら自室で閉じこもることぐらいしかイメージわかないみたいだし。もっと視野を広く持たないとろくな小説にならないな。こんなもん駄作だ、駄作」
 文太をさんざんけなして、今日はちょっといい日になりそうだ。
 微笑んだ顔を文太の死角へと隠した。

「あああああ、たく。わかんねぇよ、ひきこもりなんて」

 文太の声が響いてうるさい。
 いや、むしろ僕の家に無許可で入り込んだ時点まではなんとか許せるが、ここでヒステリーになるのは場違いというものだ。
 テーブルに置いたノートパソコンに向かって真剣に悩んでいる文太がなぜだかちょっとうらやましいのは何故だろう。
 ・・・しかたない、ちょっと元気付けてやるか。

「いや、以外と単純なことだ。いったんひいたら前へ出れない、その繰り返しだ。身体は前へ進もうとしてても、心は前へ進めない。劣等感というものかな」
「・・・おまえ、本当はいい奴なんだな」
 単純馬鹿。僕はまた死角へと顔を向けて微笑んだ。
 こいつ案外、暇つぶしに使えるかも。日本中の若者がこれほどまでに知能指数が下がると、ひきこもってカリカリと勉強している奴の方がこれからの社会、生き残れるかもしれない。

「なあ、おい。大丈夫か?」
「・・ああ、そういえば愁はどうした?」
「愁ならバイト探しじゃないかな。なんか、就職雑誌、読んでいたから」
「そうか、ならいいんだ」
 なぜだか僕は心のどこかで失速したように消沈した。愁のせいか。別に、愁なんかどうでもいいと思いながらもどこかで心待ちにでもしているのだろう。最近になって僕は自分自身が良くわからない。前ならば誰も要らなかったし、誰も求めてなんかいないと思っていたはずなのに。愁、愁、愁。馬鹿が感染する。

「文太。ひきこもりが一番、気にすることってなんだと思う?」
 問い掛けるが文太はわからないと首をふった。
「期待してても誰も来ない。なにも始まらない。裏切られるからだよ。裏切られるのが怖いんだ。人間をこれ以上、信用できなくなる。そんな想いを経験したことはないか?」
 渋い顔をして一言、「無い」
 僕は少し後悔した。何故、僕はこんな奴に真剣に喋っているのだろう。僕は一体、こいつになにを期待しているのか。
 馬鹿馬鹿しい。なめんなよ。

「はぁ〜あ、今日も暇だ〜。つまんねぇ〜」
 ソファにドカッと飛び込んで顔を埋める。だんだんと力を抜いていく。聞えるのは文太のキーを叩く音と時計の震える声だけだ。手、足、と力を抜いていくとまるで死人のようになっていく。こうしていると時間が経過するのも苦じゃない。
 身も心も沈めよう。このやわらかな雲へと。解けてほどける。すべてわすれて消えてしまいたい。

 意識の片隅にチクリと鋭い氷柱が残った。燃えカスのような。燃えない、でもとてつもなく熱い。内臓が焦げるような、消化できない氷柱。
 イライライライラ。メラメラメラメラ。

 いつもの激情。性欲のように湧上り、なにかが体の芯で詰まって気持ち悪い。
 といって、性欲では満たされないこの気持ちはなんだ。
 眼がギラギラと意欲立つのが癪に障る。まったく、無駄な意欲。
 たまに僕はこんな気性に悩まされる。突然に、なんの迷いも無い純度、100%の燃える精液。
 怒鳴り上げるところを必死に押える。愁が来てからというもの、この激情の対応も少しだけ上手くなった。殺せと誰かに願うのも。
 殺してくれと願うのも。

 不完全燃焼に残ったのはたった一言。
 僕は一体、何をしたいんだ。
「ふっ」
 笑いのような吹きだした溜息。なさけないを通り越して、もうにどうでもなれ。
 殺されるように殺すように。
 激情は燃えカスのなかでもくすぶって僕を揺らす。


「正登、ちょっと付き合って行かねぇか?」

 うつ伏せでソファにもたれた頭を天へ向けてやる。文太は黒いリュックを背負ってこちらを見下す。
 こうしてみると日本の将来も悪くない。クズの大人に負けないほどの不景気でも、こうして前向きにやってる奴もいる。
 文太の顔はいつになくヘイヘイとした表情。金髪よ、おまえには不安はないのか?




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