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クソッタレ解放区


vol_1.4   一歩



 春の足音が響く。商店街にはアベックやら親子連れが桜より一足早く咲いていたようだ。にぎやかな風景。
 しばらく見ないうちに街並みもだいぶ変わった。行きつけだったはずの本屋は見る影も無く空き地になっていた。
 不景気の波は休む間もなく貧弱した市民の肩へとのしかかっているのだろう。
 テレビで数ヶ月前に見た荒れた成人式のことが頭に浮かんだ。日本は何処まで落ちていくのだろか。
 いっそ底まで落ちて這い上がれなくなるほど馬鹿になればいい。そのとき始めて気付くんだ。自分の馬鹿さ加減が。

「久しぶりの娑婆の空気はどうでっか?」
 関西弁? なまりの文太。
「まあまあかな」
「それだけか。なんだか、はっとしない。ヒッキーだったんだからもっと広々しいとかないのか?」
 僕は前だけを見つめて文太へと視線を移さない。
 文太の言いたいことはわからないでもないが僕も何故あそこから抜け出せたのか、今、ココに立っていること自体、疑問だ。
 愁。奴のおかげかもしれない。
 僕が一番、待ち焦がれていたのは僕を叱り付けて背中を押してくれる誰かだったのだろうか。
 ひきこもってみても結局なにもわからなかったのだから。
 きっとそうだろう。

「しかし、正登。おまえこれからどうするんだ?」
「なにが?」
「なにがっておまえなぁ。二十歳そこらの若者が今の今までひきこもってたってんじゃこの先、就職もできねぇぜ」
「・・・ああ。わかってる」
「わかってるねぇ。その言葉、信用できるのか?」
 文太の言葉に僕は害した。

「じゃあ、テメェは就職できるってのか?」
「俺はアレよ。物書きで飯食ってく予定だから」
「・・・」

 いつの時代も若者は行き当たりばったりだ。こうしてあらためて現状を考えてみると目の前にいる金髪の兄ちゃんとヤンキー崩れの二十歳。そして、ひきこもりの僕もたいした若者だ。

「・・・ところで、何処へ行くんだ?」
「隣町の駅前にインターネットカフェができたんだ。ひとりでいくのもなんだから」
「他に誰かいないのか?」
「いません」
「何故、僕なんだ?」
「暇そうだったから」
「・・・」
「・・・」
「やっぱ、帰る」
「まて!!」

 文太の細くもないゴツくもない腕がのびる。春なのに半袖、しかも銀のヘビメタっぽい指輪も並んでしている。
「何故、避ける?」
「誰かと一緒にというのは、苦手だ」
「おまえなぁ、・・・」

 文太は少し考え込んで僕の腕を掴みなおしてダッシュで駅へと走る。

 ***************************

 人間は走りなれてないと呼吸困難になるものだ。鯉のパクパクした錯乱呼吸法と絡み合う千鳥足。
 たかだか数十メートルしか距離も無いのに、ふくらはぎはパンパンにしなって忘れていた懐かしい痛みがジンジンと響く。
 冷風に目頭が熱くなった。久々に生きていることに気付かされる。生きることは動くことだったんだ。

 駅についたらついたで僕は切符の買い方からすっぽりと抜け落ちていた。
 今年の春はなにかと現実を味あわされる。
 文太の溜息が僕には痛みのひきはじめた呼吸困難や足の痛みよりなによりも強く響いてひとり、なさけなくなる。
 文太と一緒だが心はひとりぼっち。

「なにやってんだよ、さっさと乗るぞ」
 考える暇も無く文太の後を追う。

 揺れる電車。この感覚はひさしぶり。学生時代以来だ。
 昼ごろのがらんどうとした車内。グリーンのつらなった腰掛けに落ち着いてそのリズムはガタンゴトン。
 貸しきったように車内は僕らだけだ。サンサンとした太陽だけが陽気に踊ってる。ほのかな風景。
 本当にほのかな。まるで世界中が幸せだと錯覚しそうなほどの天気。
 ガタンゴトン、ガタンゴトン。
 リズムは続く。

「いい天気だ。こういう天気を見ると高校の時のテストの帰りを思いださないか?」
 まったくおどけた野郎。でも、一瞬僕も思った。
「半日で終わって、そのあとの予定は自由。一夜漬けの疲れで真昼の誰もいない電車の中をひとりじめして寝れる。これだけ幸せなことなんてないだろ?」
「それは点数の取れた奴だけだ」
「おまえはどうだったんだ?」
 嫌味な奴。
「良かったよ。普通に」
「・・・頭良い奴は言うよな。普通って。でも、返された時はバツグンに良い奴」
「じゃあ、教えてやるよ」
「なにを?」
「頭良い奴は自分に厳しい。だから自分を普通って平たく言うんだ。『頭良いね』の一言で終わらせたくないから。そこまでで終わらせたくない」
「おまえは何処までで終わらせるつもりなんだ?」
「さあ、そんなことわからない。ただこのままじゃいられないって震える」
「その言葉、もっと早く聞きたかったよ。できればテスト前とか」
「・・知るかよ」
 恥ずかしくなった。本音で喋っていることに気付いて隠す。文太は意外と頭がいいこと。心に浮かんだ最後の言葉を飲み込んで

 ・・・感じてもやらなきゃなにもはじまらない・・・

 ***************************

 インターネットカフェのキャスター付きの安っぽい椅子に座り白いクリーム色のデスクを占有しているパソコン。
「ごゆっくり、どうぞ」
 ペコリと爽やかに一礼して立ち去ろうとするウエイトレス。束ねた後ろ髪が歩幅にあわせて左右に揺れる。
 さっきまではちょっとした不馴れでまともに顔すら合わせられなかったが後姿には自然と視線がいってしまう。
 ひきこもりとはなんとも奇怪な。これではなんのためにわざわざ出歩いてきたのか意味がない。
 そう想いつつも僕はなさけないことに女の子にはめっぽう弱いのであった。情けないほど。
 萎えた眼だったがあることに気付いて一転、困惑した。
 目線をたどった先に僕はちょっとばかし宝前としたのだ。
 さらりと揺れるひとつに束ねた長い黒髪もそうなのだが、その揺れる黒髪から垣間見えるのは黒いシャツ。
 それもその黒いシャツは時期を早めた夏服のせいか半分が透けてみえる。つまり線というか紐が薄く見えるのである。
 半袖でしかもスカートは以外と短い。その下では血の通った肌色が露出する。
 生唾を飲んだ。前から見れば息を呑むほどかわいいに違いないと惜しむ。

「雰囲気いいじゃん」
 文太は平然とした顔をして、そして持ってきた黒いリュックから例の黒いノートを出した。
「目の前にパソコンがあるのに、なんでノートを出すんだ?」
 仕度を整えてコンセントを繋いだ。電源を入れて立ち上げる。
 ハードディスクの小刻みな振動が空気を揺らして鼓膜を刺激する。クッキーを噛み砕くようなおいしそうな音。
「いつものマシンじゃないと使いづらいし、キーが進まない」
 ドでかいデスクトップの隣に子供のようなノートが並ぶ。文太はノートを弾く。音はリズムになり軽快なピアノのように楽譜を描く。
 心の隅っこで、僕はひとつだけ疑問に思った。そしてそれを胸にしまった。
 答えは簡単。文太は僕をパソコンに触れさせたかったのだ。僕が暇だと言ったためにわざわざ僕をここへ連れてきてくれた。
 でも、これは僕の推測にしかすぎない。文太の真意は文太しか知りえない。
 訊くことで解決するが、僕はあえて訊かない。
 知らなくていいことは知らないほうがいい。

 文太はただひたすらキーを打つのだ。ただひたすら無心で、夢中で。
 僕には文太のように打ち込めるほど夢中になれるものなどなかった。きっとこれからも無いかもしれない。
 わからないけど、僕は感じるのだ。これから先、どう転んでも僕は型に収まるような奴ではないと。
 ひきこもっていたからとか、諦めたとかそういうことじゃない。ただ単に感じる。きっと僕は普通の生き方などできないと。
 だから文太のような夢へ向って一直線な奴をみると見惚れる。見ているとこいつは本気で向っているから。
 僕なんか比にならないほど輝いているのだ。それは比喩ではなく本当に瞳の奥でなにかがチリチリと確実に、一見すればなんでもなくても、その瞬間、ショートしたように激しく奥で光っている。
 僕には見えるのだ。より暗いから光には異常なほど敏感なのだろう。だから僕には見える。文太の静かな、でも激しい光が。




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