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クソッタレ解放区


vol_1.6   卍の上に立つ ・ 底辺×高さ÷2の回



 型に敷き詰められた人工のブロック。まばらながらそのなかを法則性に沿って卍に並べられている。
 卍の中心に立つ。自分の足元を見ながら溜息を漏らした。
 手には無理やり渡された紙切れが一握り空しく残っている。
 商店街を行く波はいつになっても止む事は無い。

 朝から晩まで、どれほどの見知らぬ奴がここに僕と同じように立つのだろう。
 どれほどの見知らぬ奴がここを通過していくのだろう。
 僕が立っていたことにも気付かないで通り過ぎたり突っ立ったり。
 この汚く踏み付け続けられてきた道の記憶をさかのぼってみるのもたまにはいいだろ?
 せかせかしすぎ。たまには根拠もないことも考えてみようよ。
 見なれた道も新鮮に見える。新しい発見。


 隣を誰かが追い抜いていく。知らない他人。
 走って通り過ぎる人、歩いて追い抜く人、自転車で風のように滑る人。
 ただそこに突っ立てるだけの僕をどんどん追い抜いていく。
 きっと、今、僕がなにを考えてるなんて気にもしてないのだろう。
 僕は前を行く誰かの背中を見た。卍を踏み越えてマンホールの黒く丸い蓋を蹴り飛ばしてどんどん前へ行く。
 長方形のブロックは卍の風車。なにかのおまじないのよう。

「・・・」

 後ろから今度は小学生くらいの子供が僕を追い抜いていった。
 僕が突っ立っていたせいで危うくぶつかりそうになった所を寸前で交わして素早く走っりぬいた。

「なにつったってんだよ」

 そんな声が聞えそうな目で僕を一瞥し、どんどん遠くへと走っていく。

「まてよ!!」

 後ろからさっき走りぬいていった少年くらいの子供がまた僕を追い抜いていった。
 その子も前を走り去った子と同じような目で振り返って僕を一瞬見る。
 すぐに前に目線を戻して、遥か先に過ぎ去った少年の後を追い始めた。

「・・・」

 風は涼やかに空気は光で白く霞む。春と夏の間の時間。
 どんどん遊歩道は人で埋まる。
 それにつれて僕を追い抜いてどんどん波は自由にながれていく。
 自分の行きたい場所へ、自分の行かなければならない場所へ
 自分の足で、自分の意志で。

 人は何処からか産まれて何処かで死ぬ。こうして産まれてから死ぬまで人は何処かへと向うのだ。
 走ったり、歩いたり、自転車に乗って風のように通り過ぎたり
 僕だったらどれにしようか、楽な自転車がいいだろう。
 滑るように風になりたい。
 軽やかに過ぎ去る風になって、・・・。

 街はなにも変わらない。
 僕がこうして地面に足を立っているこの場所もいつか消えてしまうのだろう。
 だから、みんな足跡を残したいと思うのだろうか?
 だったら、僕も足跡を残してみたい。
 そう思うのって生きていくっていうんだよね?

 ***************************


 手をつないで歩く恋人たちの群がやけに目につく。
 自由奔放に電波を受信しつづける携帯を片手に道の中央を歩く女子高生。
 その波を掻き分けた先に一体なにがあるのか、理解できない。


「この波にもまれて、皆はなにを求めているんだ?」
 僕は前方で周りの空気に溶け込んでいる今風の兄ちゃんになげかけた。
「たのしいこと」
「楽しい事って?」
「たのしいことはたのしいことだ。たのしいことに定義は無い」

 いつものことながらこいつの神経もおかしいんじゃないだろうかと思いながら訊く。
 考えが読めない。こいつを普通と呼ぶのだろうか?

「その定義は?」
「だから無いっての」

 愁が後ろを振り返った。
「てゆーかさぁ、チラシは受け取るなよ。邪魔だろ?」
「いや、なんとなく」
「そのうち悪徳商法に騙されるぞ」
「僕は大丈夫」
「ひっかかる奴はみんなそう言うんだ」
「・・・それは統計学的な結果であり、必ずしも僕が釣られるという根拠にはなっていないよ」

 いきなりマジメなこと言うなよ。
 愁は足を止めて振り返って僕を見る目がそういった。
 マジメとは必ずしも難しい事ではない。単純な事もまた難しいのだ。
 僕が街行く人々を理解できないのも。目の前にいるこいつも。僕には理解できない。

「ふぅ・・」
「溜息は止めろよ。ジジイ臭せーだろ」
「いや、わけわかんねーよ」
「なにが?」
「マジ、理解不能って感じ」
「なにが?」
「死んだほうが楽だろ」
「なにがだよ」
「・・・全部。なあ、俺って死んだほうがいいよな?」
「知るか。死にたきゃ勝手に死ね」

「・・・」
「・・・」

 いきなり自殺じみたことを言う僕も僕だが、何故だかそんなことを吐きたくなったのだ。
 唐突に、突然に。自然と声に出てしまう。
 なんだかどれもしっくりとこない。いつものことだが何かおもしろくない毎日に僕は焦っているのかもしれない。
 なにをしてもつまらない毎日。なにかが物足りない。すっぽりと僕の心に穴があいている気分だ。


「おまえ、最近、変だぞ」
「・・・」

 昨夜のことのように覚えている記憶。
 人を信じろとねりこむあの金髪だ。
 僕はいつだって思っている。今が最初ではない。だから僕は平気な顔をして言えるんだ。

「あぁ、つまんねぇー。死のうかな」


 信じるなんてどうかしている。

 ***************************

 インターネットカフェ、『マングース』は適度な温度設定だ。暑くもなく寒くも無い。
 冷暖房は25度に固定されていて丁度いい温度に保たれている。春でも寒い日は寒い。
 隣町の駅から徒歩で数十分。
 鉄製の階段を上がった先に、マングースがある。
 二階建ての建物の二階目。一階にはパソコンのパーツやらそれ関連の雑誌が売られている。
 文太と来た時もそうだったがマングースの階段は以外と狭い。
 一方通行の鉄製の階段。外から二階へと上がり、引き戸式になっているドアを開いた。

 硝子の板のような扉を隔てた先から軽快なリズムが飛び出して僕らを包み込む。爽やかなBGMが流れる白い風景。
 洋楽だろうか。聞きなれない英語の歌詞。

「文太、いねぇな」
 愁の声の通り、呼び出してきた当の本人がいない。
 朝っぱらともあって客の出入れも薄い。
 僕らは、適当に席に着いて先にやることにした。

 電源を入れるとカリカリとハードディスクが駆動する音に続き数秒遅れで起動画面が現れた。
 ウインドウズのロゴがいっぱいに広がる。
 パソコンにはあまり詳しくないのだが目の前のロゴが世界のほとんどのパソコンでも見られることは知っている。
 デスクトップに4つのアイコンが縦に表示された。壁紙には細長いネズミのような動物のイラストが表示された。
 ここのマスコットであるマングースだろうか、僕はマングースの名前だけで実物は知らない。
 アイコンの1つをクリックしてブラウザを起動させる。検索サイトの画面が開いた。
 愁がなにを考えているのか。ただの気まぐれなのか。左隣で携帯に連絡する奴は変わらずに促す。
 なれないキーボードに人差し指で『温泉』と入力して変換し検索のボタンを押した。

 ***************************

「そうだ、京都へ行こう」

 数年前のCMで流れた懐かしい響き。夕飯ができるまでの時間に僕は久しぶりの読書にふけっていた。
 なけなしの小銭で買ったのは小説ではなかった。週刊の漫画じゃ小説家ではなく漫画家になってしまう。
 それでも今の漫画はストーリー性が濃いとのこと。文太から借りた週刊誌をパラパラと退屈そうにめくりながらテレビを見ていた。一緒に文太と愁もテレビを見ている。こいつらは何故、僕の家にいるのだろう。
 そんなときだった。突然、前で寝そべってテレビを見ていた愁がそのキャッチフレーズを言った。
 テレビは『日本の温泉』というあまりにもありきたりな題の特番。
 ありきたりな番組は構成で決まる。これまたありきたりな女優がバスタオルを巻いて温泉につかりながら、ありきたりな台詞を吐いている。湿気のつゆが肌色の上で球になって弾いた。余計な台詞より黙ってその肌色だけ映していればもっと視聴率がとれそうなものなのに。

「なあ、旅行に行こう」
 空耳ではなかった。なにを思ったのか愁は退屈そうに漫画をもてあそぶ僕に言った。

「旅行?」
「暇だろ。どうせ、なにもしないんだから何処かへ行ってエンジョイしようぜ」

 エンジョイ。久しぶりに聞いた言葉。こいつはいつの時代の人間なんだ?
 微妙に時代遅れの言葉を使う愁の顔を“へぇ〜”ってな感じ。どうにも他人事に考えてしまう。実感がわかなかった。
 だってそうだろ。ついさっきまで自室の窓から見える空とブラウン管から流れる映像ぐらいしか見ていなかったんだから。
 突然、旅行へ行こうなんて言われても実感なんてわくはずもない。どんな感覚だったっけ?

「旅行なら温泉だよな?」
 愁と一緒にテレビを眺めていた文太が唸るように会話に噛み付く。
 蛆虫のようにわく奴だ。家にはびこる謎の野郎たち。

「馬鹿馬鹿しい」
 なごやかになりはじめた空気を僕のこの一言がぶち壊した。

「なにが馬鹿馬鹿しいんだ?」
「だってそうじゃないか。温泉って言ったってただの風呂じゃないか。そんなことのためにわざわざ行くなんて馬鹿らしいと思わないか。そもそも年寄り臭いだろ?」
「暖かい風呂、上手い飯。全然、年寄り臭くないって。そうだ、おまえの母ちゃんも誘っていこうぜ」
「母親同伴なんてガキの極みだ」
 文太はつまらない顔をした。

 愁が僕を睨む。
「いい加減にしろよ。おまえは今までどれだけ自分の親に心配かけたと思ってんだ。文句だけは一人前に吐きやがって」
 愁の眼がふつふつと沸騰してきたのがわかる。ある種の殺意に似た感情が僕に突き刺した。
 何故か愁は僕がキレさせようとする時はキレないで、予想外の時にキレる。
 学校では知らなかったが愁がキレると自然と冷や汗が出てくる。目線を合わせないように微妙にずらす。
 あからさまに背けると『俺の目を見て話せ』なんてことになりかねない。
 視線で殺すとはこのことだろう。
 悪夢にまで見た、蛇に睨まれたカエルの心境。

 夕飯の用意ができたことをつげる母の声が僕を救った。
「ひきこもりも、ここまでくると哲学だな」
 愁は吐き台詞を残して食卓へと向った。
 僕はその後ろをあわれなカエルの目で追った。

 愁は人間だ。だけど、その眼はそこらへんにいるような探せば見つかるような人間の眼ではなかった。何年もの間、激流の川底で研摩してきた原油のような光沢を放つ石のようだった。荒れ狂う水の粒子に減摩させられた一粒の小石。激流のなかで平然とそこに存在する。ただでかいだけの岩や石は流されてもその小石だけはながされない。自然の法則を平然とした顔でぶち壊すような、そんな眼だった。なにごとにも動じない。なにごとにも影響されない。そこだけが異次元の場所であるように。
 理解できないが理解できないなりの確かな力を持っている眼だった。

 僕は人を一瞬で見て本性を見破るなんていう荒業はもっていない。僕も凡人のひとりなのだと理解している。
 それは僕が凡人だと理解した瞬間。本当にデカイ奴に会った瞬間に理解する。理解するなんて小難しいことは抜きにしよう。
 感じるといったほうが合うだろう。自分が神だと思っていた誇示も凡人に格下げさせる。
 『考えるな、感じるんだ』頭のなかで誰かが言った台詞。
 本当にそうだ。見つけ出そうとして探さずとも、自然と魅力が飛び込んでくる。

 愁が行ったあとをぼんやりと追う目線を文太が遮った。
「愁もいろいろあんだよ。気にすんな」

 ***************************

 愁の眼は今日も変わらない。
 熱くもなく冷たくもない瞳。地球を小さくして眼球の黒目にねじ込めば愁のような眼ができあがるのだろうか?
 記憶を回想したあと、液晶のモニタに目線を移した。
 ブラウザに表示される温泉の項目をいちいちクリックして戻るのも面倒臭くなってきた。

「最新の情報を得るには、やっぱりインターネットだろう。情報誌は企業が金を提供して掲載させている場合もある。本当にいい温泉がある旅館は掲載しなくてもやっていける」
 文太が言った台詞が僕の頭の中で何度も反復する。こいつのせいで僕はあさっぱらから検索しているのだ。
 温泉なんてたいしてかわらないじゃないか。それが本音だった。

 溜息が漏れるほど平和な風景。窓の表面は春の降光で光り輝いている。

 その中で僕は生きてきた。唐突にまた頭の中へ誰かがなげかけてきた。
 温室育ちなんて言われても僕は産まれた時からそうやって育ってきたのだ。だから、温室育ちと差別されても怒りはない。
 僕は好き好んでここまで生きてきたのではないのだ。選ばれた生き方など誰だってしてこない。
 でも、世界の何処かでは錆びれた銃弾が飛び交う場所もあるのだ。食べ物も食べれずに豚の奴隷にさせる場所もある。
 教祖とかいう偽の神にしがっている場所もある。強制的に縛られる場所も、何かをバネに必死に勉強する場所も。

 どうでもよかった。
 自分の表面、数センチだけさえ安全ならば。
 地球の全ての人が幸せなんて限らない。宗教でみんなが幸せになれるなんて思っちゃいない。
 それが本音で全てだ。僕をいままで縛り上げてきた無意味の城壁。
 こうやって光るガラス窓を見るたびに僕は無意味な哲学に浸る。
 僕はなにを考えて何を思っても結局、世界はなにも変わらない。
 それだけが決定的なことだと理解して。無意味なことを無意味な場所で誰にも干渉しないでひとり、頭の中だけで感傷する。
 そうやっていままで生きてきた。誰にも誰も僕を従うことなどさせないで。

「溜息は止めろ」
 愁が言った。携帯電話はもう終わったようだ。

「文太は急にバイトの仕事が入ったらしい。休んだ奴の代わりだって」
「そう・・・」

「・・・」
「・・・」

 愁はパソコンのマウスを動かし始めた。

「なあ、・・・」
「なんだ?」

「僕もバイトしたい」
 愁は驚いた顔をした。僕はその意味がわからない。

「わかったよ。探しといてやる」
 愁は少しだけ笑って言ってくれた。




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