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クソッタレ解放区
vol_1.9 夏の渚
「もう、・・・耐えられねぇ」
文太はなんと言えばいいのか。複雑だがいままで耐え続けてきた何かが、ふっ切れたようだった。
「正登、頼みがある。俺の代わりに香月さんと会ってくれ」
「・・・なんなんだ。いきなり、家にあがりこんだと思ったら、必死の形相で。それに、香月さんって誰だよ?」
食卓のテーブルに向き合って木目が浮き出た椅子に座っている。四角いテーブルの真中に花瓶に刺さった花がピンクに咲かせる。
「俺は・・・もう、ダメだ」
「僕のマネしているのか?」
「・・・」
いつもの文太じゃない。瞳には輝くような勢いが感じられない。まるで鏡のなかで生きる僕のようだ。
「よくわからないが、文太がそこまで言うんだったら、その香月さんっていう人に会ってみるよ」
「たのむよ」
死にそうか。目がすでに輝きを失い、すべてが見えていない。すべて、それはある意味、馬鹿の目だ。
馬鹿は光る。生き生きと、すがすがしく。ガキのような無垢な瞳で、それはそれでいいのだが所詮はガキだ。
ガキだから人を批判する。口に出して、言葉に表す。
大人たちは単純で、そういっては元気の無い僕を批判していた。
文太の眼は僕と同等になっている。
大人の使いやすい虚像と批判されて、他の元気なだけの馬鹿な若者と比べられる。
馬鹿な大人。馬鹿なガキ。同等だよ。
大人なんて単純だ。
所詮は自分の視線の高さの範囲しか理解していない。それ以外は、ただの批判対象なのだ。
自分の視界の範囲という小さな円のなかで狭く生きてきたのだ。だから大人たちはそこから抜け出せなかった。
怖かったのだ。自分というモノを批判されるのが、だから自分が他人を批判する。
批判する事で自分の足元を確かにあると誤解したまま生きているのだ。
「正登?」
「・・・」
意識が飛んでいた。小さな疑問の火種がメラメラと心のなかで燃えている。
これは、僕の批判。所詮は僕も誰かを批判する。コンプレックスというのだろうか。僕は元気の無い眼をみると安心する。
今の文太は僕と同等だ。これも、また僕の批判。他人と比べて、自分の足元を確認する。
「どうしたんだ?」
「ちょっと、考えてた。・・なんでもない事だよ」
しばらく間があった。文太は覇気の無い口調で言った。
「・・・正登。俺は少しばかり旅行にいってくることに決めた」
「旅行? 温泉探しか?」
「温泉の件は悪いが後にしてくれ。おまえもバイトとかで忙しそうだし、慣れた頃にまた探そう」
文太はやっと笑顔を出した。
「そうだな。いつかきっと、みんなで行こう」
僕も言って小さく笑顔になった。文太は一瞬だけだがいつもの笑顔に戻る。
「ああ、約束だ」
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「正登君は?」
「・・はい?」
「あ〜、また、人の話聞いてなかったでしょ!!」
「す、すいません」
「・・・まぁ、いいわ。私も喋るのに疲れたし」
香月さんはあきらかに怒っている。
「香月さん、すいません」
「あからさまに、あやまるな。あやまるってことは相手に失礼だぞ!!」
「・・・すいません」
香月さんの視線が刺さる。
しかたないなぁという意味のこもった溜息。愛想笑いの僕。
「文太は何処かへいなくなるし、正登君は私の話聞かないし。どうなっているのよ、まったく」
「あの、文太が旅行へ行ったことは知らないんですか?」
「・・・へ?」
香月さんは、しばし固まっていた。
「旅行ってなによ?」
無意識に両手で口を塞いだ。言ってはいけなかったようだ。
「・・・は〜、まぁいいわ。私だってそんな事ぐらいでいちいち怒らないし」
いや、絶対、怒っているだろ。
心のなかで毒づく。
香月さんの言うとおり、あやまらないように意識して口をつむった。
どこか哀しい表情。香月さんは無口になった。口をつむっている。どう話そうか、なにを話そうか。
氷がすっかり溶けてなくなったコーラを吸った。炭酸が微かに感じられる程度で口に広がる。
「ねぇ、正登君はどう思う?」
「なんのことですか?」
「私のこと」
「香月さんのこと?」
「私って・・・そんなに、つまらない?」
「・・・そんなことないです」
「なによ、その間は?」
香月さんは目を細めて僕を見た。
僕は、なんとなく視線を逸らしてから、香月さんにあらためて視線を戻した。
「意外な質問だったから驚いただけですよ」
「・・・」
ふてくされたような、子供が疑心でみるような目で香月さんは僕を見る。
「香月さんは知的です。はじめて会ってからずっと感じてますよ。香月さんは・・・なんて言えばいいのかな。こう、すごいと・・」
「すごい?」
「僕はあまり、言葉で表現するのが得意じゃないけど、独特の雰囲気があるって感じる。普通じゃ考えないようなことを考えて実行するだろうな、この人は・・・って思う。とにかく、凡人じゃないってことは確かに感じるよ」
「つまり、変態って言いたいのね?」
「はい」
「・・・」
「・・・・嘘ですよ」
「やっぱり、正登君には毒があるわね」
「冗談ですってば」
香月さんはいきなり頬を赤く染めて視線を窓の外に向ける。いきなりのことでも少しふざけすぎただろうか。
しかし、ここまで言っといて謝るのもおかしい。それ以前に香月さんの前では失礼な事だ。
「・・毒ってなんですか?」
「ん?」
「さっきの話ですよ。毒と汚い話。自分なりに考えてみたんですけどね。やっぱり自分の毒は気付いているものでしょ。気付いているから苦しいし、悩む。もちろん気付かない奴もいるかもしれないけど・・・」
「しれないけど?」
「少なくとも、僕は自分の毒を知っているつもりですよ」
真剣に香月さんを見た。瞬間に一瞬だった。すぐに逸らしていた。
恥ずかしい。なにを照れることがある。変な気分だ。
頭で考えているのに、体は自然と熱くなる。
「・・なるほど」
「なにが、なるほどなんですか?」
「文太の友達のことだけはあるわ。馬鹿じゃない」