INITIALIZE ORIGINAL NOVEL
クソッタレ解放区
vol_2.2 小説家をみつけたら
夢を見た。
果てしなく続く夢。
まるで、小説の中にいるかのような、不思議な感覚。
今、ここにいる感覚も、それと似ている。
街に溶け込むような、そんな感覚。
単純だが複雑。
ここには、たくさんの人がいて、たくさんの考えがある。
そして、たくさんの感性が、たくさんの思いを持って歩いている。
誰かがそのなかの誰かと干渉して、すれ違いざまに誰かがつくったモノを誰かが見て感傷する。
それは、あたりまえだと思えば普通にそこにいて。
だが、突き詰めて考えれば、とても深い意味をもっている。
人は産まれて死ぬまで誰かと関わらなくてはならない。
嫌な奴、良い奴。いても良い奴。知らない奴。大切な奴。
それは、ごく単純なことで分けられる。
それは、簡単な事だ。
自分の感性が決めること。
だから、みんなそれに従う。
単純だが複雑。
モノも人も。
街の中は区別なく騒ぎ出した。
***************************
「で、どうなったわけ?」
愁はまるで、そのなかに溶け込んでいるスパイのようだ。
普通にみえて、個性が光る。
店員がアイスコーヒーとコカコーラをふたつ、テーブルに置いた。
穂奈美と僕はコーラにストローを挿して飲んだ。
「どうって?」
「あのね、正登。さっき言っただろ。俺は文太を探す。おまえは香月さんに謝りにいってこいって言ってんだよ」
「・・・なんで?」
呆れ顔になる愁。
「あのね、俺は文太と付き合いが長いんだよ。それに、あいつは・・・」
「なんだよ」
「・・・・いや、なんでもない。ともかく、文太は俺が探すから、正登は香月さんにちゃんと謝りにいってこいっての」
「それじゃあ、ふられた僕はどうなるんだ?」
「あのねぇ、やっぱ鈍感?」
「・・・」
きっと、今の僕は鏡で見れば、ぼけぇとした顔なのだろう。
愁の言葉には、なにやらささくれだったものがあった。
「香月さんは、おまえに会いたいんだ。そして、正登はバカだから、余計な事を言った。だから、謝ってすっきりとしてこい」
「・・バカ言うな」
バカの単語に反応してしまう僕。
「とりあえず、ちゃんと会って謝ってこいよ」
愁はそれだけ言うとコーラを飲んでいた穂奈美をつかみ立ち上がった。
穂奈美がコーラを手放せずにいたが、愁がひきはがして結露した硝子のコップをテーブルに置く。
「じゃあ、まかせたぞ」
「・・・」
コーラがふたつ、アイスコーヒーはまだ誰にも飲まれていない。
愁にひっぱられ、穂奈美が未練のこもった目線でコーラを見つめながら連れ去られていく。
それを、なんとなくながめながら僕は思った。
そういえば、香月さんって何処に住んでいるんだろう。
***************************
なにも考えなくても、人は生きていけるのだろうか。
街並みに溶け込む人波は、その足音を心臓の鼓動のようなリズムで歩く。
まるで、それが時代を超越したかのように、いつもと変わりなく動いている。
そのなかでは、子供から年寄りまで、数限りない人生が集約されて生きている。
ここは、誰もが歩く事を許されている場所。
この大地は、空は、それさえも区別しているのだろうか。
心地良い夏の風は今日はない。
ジリジリと焼く太陽だけだ。
「正登君」
そんな声が聞こえそうで、それでも、聞こえない。
足音がだんだんと響きを増す。
香月さんはあれから、この場所にはきていないようだ。
街の足音。それは、海に響く渚のように繰り返す。
一定のリズムで反復する、生きている音。
ここには、なんの区別もない。
一歩踏出せば、それだけ進められる。
香月さんがここでなにを考えていたのか、ひとりになってわかったような気がした。
時が溶けるような音。反復するリズム。
雑音に揺れる道。この場所は、きっと世界の一片だと感じる場所だ。
植込みに座るのは、いつになってもなれない。
さっきまで快適に座っていた喫茶店の外。
「なにやってんだろ、俺」
ふぅ、と溜息をついた。
ひきこもっていた頃から比べたら、信じられない光景が目の前に広がっている。
愁のおかげ。文太のおかげ。自分を変えてくれたのは。
思い出は太陽に焦された。アーチに緩和されたとはいえ、直射日光に照らされ続けて、僕は俺になっていた。
熱い。クソ暑い。身体が、空気が、とろけて歪む。
なんで、今日がこんなに暑いんだ。クソ。
「あなたが、西崎正登君?」
女の声。振り返ると、街の雑音に溶け込んで、壁にもたれる女が隣で植込みに座る俺を見ていた。
香月さんじゃない。茶髪というのか、ロングにのびた綺麗な髪。
顔に見覚えがあるはずがない。
「誰?」
「だれだっていいじゃない。ねぇ?」
女は微笑んで僕を見た。
整った顔とスタイルのいい身体のライン。
背は俺と同じくらいだが、あきらかに空気が違う。
「それより、香月のこと知りたい?」
「・・・知っているのか?」
「さぁ」
返事をして、女は視線を逸らした。
「ここにいてもこないわよ」
「・・・」
「無駄足よ。さっさと帰れば?」
「・・・」
「帰らないの?」
「・・・うるさいな。おまえが帰れ」
「そういうこと言うんだ?」
「・・・」
「まぁ、いいか。はい、これ」
女は手に紙切れをもって俺の目の前へと突き出す。
僕ではなく俺は、それを黙って受け取った。
「じゃあね」
それだけ言うと、女はきびすを返して街へと交じって消えた。
「・・・なんだ、あいつ」
紙切れを残し消える、謎の女。
受け取った四つ折りにされた紙を広げる。
そこには、ワープロの書体でこんなことが書かれてあった。
>あなたのことを、ずっと見ていました。この紙切れをもってマングースへおこしください。
>なを、もしも、こなかったら、あとがどうなるか私にもわかりません。
>とりあえず、絶対来い。
>
>あなたのファンより。017
「・・・逆、・・ナンパ?」
紙切れを残し、ひとりポツンとそこに座る俺。
ゆっくりと考えて紙切れを折りたたんだ。
「いってみるか」
太陽の熱。俺の頭は尋常じゃない。
こんな紙切れに飛びつくなんて、気付いたのはマングースへと向う冷房の効いた電車のなかだった。