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クソッタレ解放区


vol_2.3   小説家をみつけたら



 鉄の階段。“カツ”、“コツ”と足音が焼かれた鉄板の裏から反響する。
 太陽は飽きもせず、せっせと白い光と、焦す熱を放出している。
 銀に光り輝く取っ手。硝子のドアは射光を遮るために、ブラインドが付けられていた。
 ドアを開くと冷蔵庫のような冷風がながれた。

「・・・本当に来たんだ。暇人ひまじんなんだね」
 あのときの茶髪の女。
 隣に雑に座る。相変わらず火照った体からは汗が混じった熱気が立ち上ってくる。
 駅から数分。無駄に熱い今年の太陽光が好きになるほど俺を焦す。

「汗臭いよ。女に会おうっていうのにその格好なんとかなんないの? 風邪ひくよ」
 うつろな視線でみる俺と、その俺を冷静な瞳で観察する女。
 シャツが汗で濡れて肌にひっつく。
「早く終わらせればいいんじゃないか?」
「・・・つれないな」

 どこかで聞いたような科白。
 女は手を上げて、店員を呼んだ。
 店員はなぜか、こちらに気付いているのにこない。
「綺麗でしょ、あの娘。薄手のブラウスもかわいいし、ここって静かで好きなんだ。ちょっとまっててね」
 知り合いらしき店員へと女は向う。
 しばらくして、女と店員がこちらへくる。
 同じほどの長さの髪だが、店員は黒でひとつにまとめている。ポニーテール。

「おまた」
「・・・おまた?」

「やだなぁ、おまたせってこと。さぁて、この娘を覚えているかな?」
 つぶらな瞳。泳ぐように視線が僕へとふらつく店員。
「017さんだよ」
「017?」

「・・・大丈夫? 熱くらって頭、逝っちゃったんじゃないの。さっきからオウム返しだよ」
 失礼な奴。これだから、金髪と茶髪の奴は嫌いだ。
 いつだったか、文太に言われたことがあるが俺はそういった奴には無意識ながら、言葉遣いが荒くなっているらしい。
 目の前の色付いた飛べない鳥。反応は相手によって違う。

「手紙」
 女がじれったらしく言うので、尻ポケットに突っ込んでいた紙切れを取り出した。
 手紙と呼べないだろ、と思いながらも内容を確認する。


 >あなたのことを、ずっと見ていました。この紙切れをもってマングースへおこしください。
 >なを、もしも、こなかったら、あとがどうなるか私にもわかりません。
 >とりあえず、絶対来い。
 >
 >あなたのファンより。017



「なあ、これってなんだ?」
「ラブレター」
 魂が抜けるような声でつぶやく女。

「・・・ふざけるようなら、帰りたいんだけど」
「冗談つうじないの? 嘘に決まってんじゃん」
 人を馬鹿にしたように笑う目の前の女。
 その横で、僕へともうしわけなさそうに小さくなる見知らぬ店員。

「ほんとに、ムカつくな」
「・・・初対面なのに、そんなこと言うの? マナーなってないよ」
 そりゃ、おまえだろ。言いたいところで言えない俺。

「用件だけいってくれ。俺はひとを待ってるんだ」
「香月っていうんでしょ?」
「・・・知ってんだったら教えろ」
「知らないわよ。知ってても、あなたなんかに教えるわけないでしょ」
 また、人を馬鹿にしたような目。太陽はない、冷房が効いた室内。そこには、僕はもういない。

「もう、いい。帰る。ほんとうに無駄足だったよ」
「・・・まちなさいよ。ひきこもり君」

 空気が止まった。汗が一筋流れる。


「なんで、そのことを知っているんだ? 文太か?」
「文太ってだれ? しらないわ、そんな変な名前の奴なんか。でも、・・・」
 女はおちょくるように笑う。

「あなたのひきこもりを抜け出させてくれた恩人なんでしょ?」
「・・・・」

 唖然とした。
 目の前の女は、なぜそれを知っているのか。
 文太はいないし、愁がそんなことを喋るわけがない。
 穂奈美も、香月さんも僕がひきこもりになっていたことはしらないはずだ。

「僕のことを調べたのか?」
 にやりと薄気味悪い笑みをこぼした。
「俺じゃないの?」
「・・・誰だ、おまえは?」
 女と店員。そして僕。マングースの室内は冷風に囲まれても、この場所だけは違う寒さと熱さがあった。
 馬鹿にした笑いと薄気味悪い笑みが混ざった女は、口を開いた。

 ***************************


八千草玲奈やちぐされいなと申します」
 深く、腰から頭まで線がとおった形で下げる。45度の最敬礼。
 まるで、就職活動中の学生が面接官を目の前にしているかのような綺麗な礼だ。

「あなたが手紙に書いてあった017さんですか?」
「は・・ぁ・・・。あの、それを見せてください」

 紙切れのような手紙を渡す。ワープロ書きの文字を軽く流し読みしてから、凝視する017は、なにやら表情を濁ませた。
 隣にいる茶髪の女は、くっくっくと変な笑いをこらえている。
「・・・なにこれ?」


 途端に声を出して笑う茶髪。
 僕は知らぬ間に、この茶髪の女を軽蔑した目でみていたのに気付いて、あらためて見直すがどうも変になる。
 人間、そんな調子良く、自分の癖が消えるはずがない。

「あ、また。その、人を馬鹿にしたような眼やめてくれない?」
 やめてくださいだろ。
「ああ、ごめん。ついつい、・・・・」
「ついつい・・・・なによ」
「・・・なんでもねーよ」
「うわ、感じわるぅ!!」
 テメェに言われたくねーっての。
「なんだか、あんたって、どことなくウチの犬に似てる」
「犬?」
「ケンケンって名前なんだ」

 珍しく毒気のない笑顔を見た。
 嘘のない笑顔。ほんとうにかわいい犬なのだろう。
 雰囲気がよくなったところで、あのことを訊いてみた。

「あのさ、いいかげん教えてくれないかな。なんで、僕のこと知っているのか」
「さてと、じゃあ、あたし帰るわ」
「おい、こら」
「うっさいな。あたしは早く帰って休みたいのよ。今日はここまで。詳しい事は玲奈に訊いて。寝不足で疲れてるの」

 マングースから歩いてすぐの場所。ジャングルジムに背をもたれていた謎の女は欠伸あくびまじりに出口へと向う。
 残ったのは、知らない店員と僕だけ。紹介されたのはいいが、これからどうしろというのか。
 僕と店員、これを関連付けていた謎の女は無責任きまわりなくいない。
 しばし、冷静が公園の一角を包んだ。

「あ、あの。・・・ひきこもりさんですよね」
 途端に僕は店員を唖然としたような目で見ていた。
「・・・・すいません。でも、ちゃんと訊いておきたいんです。美夏はあんな調子で腕はいいのに、すぐ、ちゃかしちゃうから」
「みか?」
「あ、え〜と、美しい夏って書いて美夏です」
「・・ああ、さっきの茶髪の」
「すいません。いつも、あんな調子なんです。本当は、すごく頭いいのに・・・」
 冗談だろ? 店員が恥ずかしそうに喋る言葉には、いちいち知りたくない方の真実が盛り込まれていた。

「ひきこもりだった」
「は・・ぁ・・・」
 なさけない了解。
 それから店員は黙ってしまった。ちょっとだけ隣を見る。

 よくよく考えてみると、いつのまにか公園にいて、香月さんと座っていたベンチに座っている。なのに、隣にいるのが、香月さんでも、穂奈美でもない。知らない店員。木漏れ日の影に半分黒く透けた制服がうつる。ひとつにまとめた黒髪が夕暮れになってようやく吹きはじめた風になびいた。なにか言いたげで困っているような仕草で考えている。風で乱れた髪を手で押えたそのときだった。

「あ、・・・あのときの」
「え?」

「ああ、いや・・・・。その、文太、あ。金髪の青年とマングースに行ったときに会いませんでしたか?」
「・・・」
「いや、・・・勘違いかもしれませんよね。僕ってば、後姿しか見てませんし、それに、客の顔なんて、いちいち覚えているわけないですよね」

「・・覚えていてくれたんですね」
「はい?」
 言った後に、我ながら見事な間抜けな声を発したと思った。

「わ、わたし。その・・・」
「はい」

「その、・・・・」
 木漏れ日に、隠れるように見える影。
 顔を赤くして、店員が言えずに下を向いている。
 夕暮れの木漏れ日と青葉が風に揺れる音がした。
 その・・・。はい・・・。
 言葉を発しなくても、そういったやりとりの間が空気でわかるのはなぜなんだろう。
 完全に変なことを考えていた。僕を湧きただせるものはなんだ。
 玲奈は、またもや照れていた。言い出すタイミングを完全に外した。

「そんなに緊張しなくていいよ。僕に用があるんだろ?」
「・・はい」
「じゃあさ、なんでもいってよ」
「・・なんでも?」

 心拍数が以上に高く跳ね上がった。
 香月さんと玲奈が夕日に照らされて一瞬、重なって見えた。

「なんでも・・・」
「うん」

 黒く透けた制服。風になびく黒髪。そして、なによりもこの不安がこもった恥ずかしさ。
 僕にはその言葉がわかっていた。なんたって僕が香月さんに告白しようとしたときと、まるでそっくりなのだから。
 夕日が玲奈の顔を照らしうつす。跳ね上がった心拍数が、異様に恥ずかしみをもった店員の目にあった。

「ひきこもりを、助けてください」


 夏の夕暮れ。またひとつ、公園のベンチで厄介事が生まれた。




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