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クソッタレ解放区


vol_2.6   日常の場所



 生きることは、生き抜くことだ。
 精一杯とはいわない、せめて、悔いが残らない程度。
 一歩、一歩。確実に歩んできた。
 一歩、一歩。進んだ。

 しかし、僕には夢がない。
 叶えたい夢も、あこがれも、どこか手の届かない場所に感じてしまう。
 一歩、一歩。確実に。歩んできた。
 ある日、僕は立ち止まる。なにげなく振り返った後ろには歩んできた道がある。
 凸凹でもない。しかし、真っ直ぐでもない。


 立ち止まる。後ろを振り向いたまま。
 そこから動けない。

 目標は遠い。抽象的すぎて、まったく具体性が欠けていた。
 前を見る、後ろを振り返る。この道には僕しかいない。
 たった、ひとりだけの道。

 僕だけの道。



 ***************************

 慎也、生きることはたのしいか?
 今はどうだ? 夢はあるか?

 なにか欲しいものはあるか?
 何がしたい? これからどうしたい?

 学校はどうだった? 友達はいたのか?
 今の自分は好きか?


 夏の陽が傾いた頃、家につく。
 マングースの近くにある公園で美夏と話した後、
 電車に乗って、ここまで歩いてくる間に、慎也のことを考えていた。
 慎也は僕だ。学校という場所が嫌いで、誰かと一緒にいることも耐えられない。
 誰かと一緒にいることが耐えられないと自分でも思っていても、そんな自分を理解してくれる誰かを求めている。
 まったく矛盾した感情。人間が嫌いなのか、求めているのかさえもわからない。
 傷つくことが誰よりも嫌で、傷つけることもしたくない。
 人と関わることが、いつから苦手になったのか。

 慎也、生きてるか?
 生きることをたのしんでいるか?
 暗く、黒い瞳。なにを考えているのか僕にはわかる。
 信じきれない想いも、裏切られてしまうと感じる想いも。


 玄関の前に、ひとりの僕が立つ。穴に鍵を入れて扉を開けた。
 誰もいない玄関をあがり、二階にある自分の部屋へと階段を上る。
 ノックもなしに自室のドアを開けて、ベッドに倒れこんだ。
 白いシーツ。母さんが洗ってくれたのだろうか。微かに太陽の匂いがする。
 そんなことを考えているあいだに、額や頬から汗が浮き出して粒が落ちた。暑い息をしながらも、しきりと汗が浮かび球になって落ち、シーツへと染み込む。窓からは硝子の板とカーテンで遮られ、夕日がぼんやりとしか伝わらない。
 うつ伏せになりながら、ベッドの下に落ちている冷暖房のリモコンへと手を伸ばした。
 適当に設定を済ますと、低い唸り声をあげて冷房が運転を始める。
 それと同時に身体を風にあてるように、うつ伏せから仰向けに転がした。

「はふぅ・・・」

 間抜けな空気が肺から音を出して口元でぬける。



「疲れた」


 心の底から言葉を吐く。
 どうしても、慎也と自分を重ねて見てしまう。
 昔を思い出しているのだ。慎也の眼。夢もへったくれもない。なにかを知った眼。
 僕は、なにかを知っている。具体的といっても形のあるものとは違う。それは、人間に宿る魂。根底。
 誰でもいい。そこにいる人間の本心。心、そのもの。身体の中心にある核、それでいて全体のなかで一番不安定な部分。
 僕は人間というものが怖い。それは、自分自身に自信を持てないという所からくることが原因だ。
 劣等感。不安。そして、漠然と感じる疎外感。


 すべては、学校から教えられた。
 僕は、誰にだって好かれたい。すべてを思い通りにしたい。
 名前だって知ってほしい。・・・僕は孤独だ。ひたすら孤独だった。
 こんなこと考える自体が孤独だ。学校という場所に生かされた。
 僕は僕ではなかった。そこに、僕はいなかった。


 学校という、たったひとつにまとめられた場所。そこは、集団という心理に縛られる場所でもある。
 僕は、そのすべてを拒否した沈んだ精神の持ち主だった。
 ばつの悪そうな顔をして、他のどの部分にも属さない。いや、属せない。
 居場所がなかった。僕が、求めている場所ではなかったのだ。
 現状を受け入れよう。どうせなら、孤独な人になろう。
 そう思って、僕は選んだ。成績がいい、優等生を演じた。


「・・・・・」

 しかし、僕はどうあがいても孤独な人にはなりきれなかった。
 誰かに理解してもらいたい。誰か助けてくれ。
 そう思いながら、僕は無駄に日を重ねた。
 弱かった。どうしようもなく弱かった。
 学校を休もうと思えば休める。さぼろうと思えばいつだってさぼれた。
 僕は耐えている。居場所のない学校に行き、なにかを信じて待っている。
 しかし、待っているだけで自分から探そうとはしなかった。
 ぬるい湯だ。知らないうちにぬるい環境にふやけていく。

 いつしか、そこにいる誰かに話しかけることも、
 自分から率先的に動く事も、
 臆病という言葉に従う自分から逃れられなくなっていた。
 僕は、臆病だ。臆病だから、だから・・・。
 理由。自分は弱い、自分は臆病だ。
 勉強ができたから、優等生にみられたから。
 だから、人とは違う目でみられ、疎外感を感じて、
 だから、・・・。だから、理由ができた。
 孤独な人になる理由。


 僕は、孤独な人だ。弱くて臆病で、自分に自信のもてない、臆病な人間だ。
 そして、理由をつけ、行動しなかった。自分自身を縛りつけた。他の誰とも隔離した場所に自分を置いた。


 僕は臆病だから・・・


 慎也の眼。過去の自分。
 疎外感。劣等感。全ての不安。
 誰に会っても、誰と話してもきっと捨てきれないだろう。
 その全ては、己が感じることだから。全ての不安は自分からくるものだ。
 だとしたら、振り切ることは、ひとつしかない。自分自身から、自分自身のなかにある臆病に克つことだ。
 臆病に克つ。自信を持つ。それがどうしたら生まれるのか。僕はいまだはっきりと見えない。



 ***************************


 耳障りな音がした。いや、してくる。
 誰かが部屋のドアを叩く。

 突然、耳に異物が入ったような感覚が走る。
 強烈な耳障りな音が連続してはっきり聞こえる頃には、自分でも信じられないほど急速に意識が戻ってきていた。
 狭い部屋に音が響く。上半身を起こして、ドアに鍵がかかってあることを薄い暗闇のなかで確認した。自分ひとりが部屋に入ると同時に、後ろ手で鍵を無意識にかけていたことに我ながらなんとも表現しにくい感情が湧き出てくるが、淡い。いつものことだ。冷めている。冷静だ。考えていない。
 普段なら、いろいろ思考するところもあるだろうが、ベッドの上で一眠りした僕は変に大胆だ。
 鍵を心に例えることはしない。心を閉じているとか、社交的でないとか、くだらない道徳はうんざりだった。
 どうせ、愁だろうと思いながら鍵をはずしてドアを開けた。



「こんばんわ」
「・・・」

 開けて、思考が停止する。
 ぼんやりとした頭。目の前には、いままで見たことのない無防備な笑顔が存在していた。




the second chapter end


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