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クソッタレ解放区


vol_2.7   夢と現実の狭間



「西崎 正登さんですか?」
「・・・はぁ」

 ここは、僕の家だ。そして、君が叩いたドアは僕のドアだ。
 訊くまでもないだろうと感じながら、寝ぼけたはっきりしない意識のなか返事を返した。


「・・・・・」

「・・・・・・・誰?」
「・・・ぇ?」

 ドアをノックではなくあきらかに叩いていた。
 そして、ドアを開けた僕を無防備な笑顔で見て、僕の名前を訊いて、そして沈黙した訪問者。
 無防備な笑顔は、いつしかいかにもという風に興味が湧いた表情へ変わっていた。ここまできて、僕を知っていないはずがない。というか、いきなり、なにがなんだかわからないのはこっちのほうだ。目の前の訪問者は僕よりも少しばかり背が低い。やけに大きな瞳がきらきらと僕にいわせれば輝いてみえた。が、それだけだ。なかば意識が戻ってくるが、廊下が暗くてよく見えない。


「そうですよね。まだ、名前いってなかったですよね」
「・・どちらさんですか?」


 一歩、僕のほうへと歩み寄る。
 部屋の明かりが訪問者の姿を照らし出すと同時に光る瞳が僕を捕えた。


「藍沢 みおです」



 ***************************


「愁、これはどういうことだ?」
「どうってことない。考えればわかることだろ。俺の妻だよ」


 あっさりとすごいことを言い放つ。僕はなぜか、軽い貧血を訴えたい気分になった。
「そういうことじゃなくてさ、いきなり何故、ひとりで訪ねるようなことさせるんだ?
 こっちだっていろいろ準備ってもんがあるだろ」


「いろいろって、・・・おまえ、あれをしてた途中だったのか?」

「アレって?」
「・・・穂奈美は知らなくていいことだよ」
「ねー、アレってなに?」
「・・・・穂奈美。母さんと外に出てなさい」
「えー‐‐‐」
「いいから」
「・・・・わかった。母さんに訊いてくる」


「・・・・いいのか?」
「・・・なんとかなるだろ」

 薄暗い道路の先で、街灯が道を照らす。穂奈美は、そこで澪さんと一緒にアレについて喋くっているようだ。
 愁と僕は、路肩に止まる車のなかでその様子をなかばドキドキしながら見ていた。

「結婚してたんだな」
「結婚しないで、どうやって穂奈美が産まれるってんだ?」
「・・・そうだな」

「・・・・」
「・・・・」

 車内は静かだ。回転が止まったエンジンは死んだように鼓動を発しない。
 静かで暗い車内。前方の街灯に照らされる澪さんと穂奈美を眺める。僕はあのことをまた考えていた。


「ひきこもりを更生させてくれって、たのまれた。
 つい最近まで、ひきこもってた俺が、今じゃ、ひきこもりを更生させてんだぜ。おかしなもんだろ?」
「・・・ひきこもりか。正登、おまえいつからひきこもってた? 俺が学校退学したあとか?」


 一瞬、答えたくないと思った。静かな空気のなか、夜虫が暗闇の冷静のどこかで鳴く声が響いて、僕らを包んだ。
 穂奈美と澪が車の外にいて、フロント硝子越しに見えているおかげで、心はすぐに平静を取り戻した。

「・・・すぐ、かな」

 タバコをあさった。箱から一本、抜いて、口にくわえた。
 くわえただけで火はつけない。愁は、そうしていた。
 横目で愁の、一連の動作をみていた。


「喋りたくなかったら、言いたくないというべきだ」
「・・・・愁?」

「火、点けてもいいか?」
「ああ」


 苦い煙が一筋の白い跡を残す。暗闇にひとつだけ赤く灯る光源が現れた。
 口にくわえたまま、愁は瞼を閉じた。


 沈黙が続く。動かない。
 タバコの灰が崩れて、落ちた。
 愁は、動かない。僕は、なぜだか声が出なかった。
 いきなり、澪さんを僕の部屋へと訪ねさせ、車の中で僕とふたりだけで話し合う。
 いままでの僕だったら、動揺していただろうか?
 今は、不思議と動揺はしていなかった。

 ただ、声が出ないだけ。
 愁は、瞼を閉じたまま、タバコを一本。吸い続けている。
 結局僕は、その一本が灰になるまで横目で無言のままみつづけていた。




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