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クソッタレ解放区


vol_3.6   生きる証



 生きている限り、本当の答えなんて見つからないのかもしれない。
 生きている限り、なにかを探しつづける。
 夢か、現実か。

 一生で一番の瞬間。
 僕はなにかを見つけられるか、わからない。
 そもそも、そんな瞬間なんてあるのかすらわからないのに、
 これから先なんて考えてわかるはずないのに、
 考える。

 一身を捧げて、一心に励むのだろうか。
 たのしく生きられるのか。
 悩むのか。

 考えてみれば、考えてばかり
 迷ってばかり

 心にぬけた穴をふさぐことも、
 埋めることも、
 つくろうことも、


 ************************

「・・・貧乏揺すりしてる」

 インターネットにつないだパソコンのディスプレイに釘付けになっていた僕は、声が発しられるまで気がつかなかった。片方の膝頭を左手で抑えると、美夏の方へ視線をゆっくりと移す。無表情の美夏が僕を見下ろしていた。たまたまだった。僕は、美夏へ視線を向ける一瞬、ブラウザの閉じるを意味する×印をクリックして、平然を装ってしまった。平然とはなにか。そもそも、なんで×印をクリックしたのか。別に、やらしいサイトなど覗いていない。そっと、美夏が近付く。頬に風が吹き抜けると、僕の左から右へと通過し、隣のキャスターを引いて椅子に座った美夏が問う口調で話しはじめた。


「パソコンでなにを調べていたの?」
「なんだっていいだろ」
「今からじゃ、ろくな就職先なんて見つからないよ。みんな、夏前から汗垂らして必死こいて就職活動してるんだから」
「別に就職活動なんかしてない」
「じゃあ、なんで断ったりするの?」
「俺にはむいてない」

 嫌な沈黙が漂う。
 洋楽だけが聞こえている。いつまでたっても、なにもかえってこない。
 マウスに乗せた指でさえ動かしにくい重い空気を、強引に引き剥がすように動かす。
 デスクトップにカーソルが移動する。[スタート]−[プログラム]、プログラム群がカーソルの位置でマークされる。上下に移動し、それがディレクトリならクリックして右に中身が表示される。上下に移動。それを繰り返す。しばらくして、ようやくブラウザのアイコンをクリックする。検索エンジンがホームページに登録されているため、そこで指先が止まった。キーボードに移動したまま指は動かない。入力するキーワード。


「なにを、探すの?」
「・・・」
「なにかを、探すんでしょ?」

 カーソルが移動する。一番、右上の×印を自然とクリックしていた。
 ブラウザは消えた。デスクトップには、細長いネズミのような動物のイラストと、4つのアイコンが縦に表示された。
 [プログラム] にあったブラウザのアイコンがデスクトップに貼り付いてある。
 溜息に似た、吐息が漏れた。

「人の好意を断って、なんになるの?」
 美夏の声に僕は沈黙という形でしか答えられない。
 指先が自然とキーボードへと向かい、無名の小説家がするように這わせる。這わせるだけで、押すことはない。凹凸おうとつの感触が指先に残る。


「自分のことくらいで他人の手を借りる。そんなこと、もうしたくない。誰にも迷惑なんてかけたくない」
「今、迷惑かけてるのわからない?」
「…美夏には、甘えられない」

 それだけ言う。たまったもんじゃない。なにを言っているのか自分でもわからなかった。
 それでも美夏は黙っているので、僕はそれ以上、なにをいうこともない。


「現実はどう?」
「…現実?」
「仕事はみつかったの? 一人暮らしするアパートは?」
 わからない…とは言えなかった。沈黙がそれを肯定するということも知っていた。それでも、なにかを言い出せるはずもない。
「夢だけじゃ、なにもできない。今の現実だけで、それでなにかできるの?
 理想を言うのはいいけど、叶えられない夢ほど、見苦しいものはないんじゃない?」
「夢なんて大袈裟だな。一人暮らしするだけのことじゃないか」
「それさえ、できないのは誰?」
「先のことなんて誰もわからない。考えてばかりいたら、最初の一歩も踏み出せないじゃないか」
「理想だけでなにができるっていうの?」
「…もう、流されているだけは嫌なんだ」
「支離滅裂している」

 美夏はそれだけいってなにか喋る気が失せたようだった。
 今日がたまたま玲奈の休みの日と当たったため、マングースで僕らの会話を止める人間はいない。
 だからこそ、美夏を呼んだのに、言葉が続かない。言葉が消えBGMが響く。
 沈黙の切れ端に美夏が割り込んだ。

「できない奴に限ってそういうこと言うんじゃない?
 夢とか、理想とかで固めて、現実逃避する。結局、現実はなにも変わらない。
 逃げることの理由でしかない。残るのは、変わらない現実」

「俺は…」
「俺は、なに?」

 なにを言えばいいのか、なにを伝えればいいのか。
 一声がひどく発音しにくい。どれほど時間が経ったのか、感覚が麻痺してきた頃、
 キャスターが移動して美夏が席を立った。




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