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終わらない鎮魂歌を歌おう


vol_2/6   灯火のさきに



 夕飯を終えると生と死の仲介人の今日の仕事のうちあわせが早速はじまる。食卓の向こう側にはヤヨイが座っている。
「でね、2丁目の青山さん家のおじいちゃんなんだけどね。最近、あぶないの。こないだなんて、けんちん汁の里芋を喉につかえかけて死にかけたし、混雑する新宿の大通りを歩きが遅いって理由で突き飛ばされて車道に跳ばされそうになったんだから」

 世の中は不思議に満ちている。俺がこうして死神と話をしているなどと、どこのどいつが知り得るだろうか。たぶん日本に住む数多くのスパイの誰一人それを認知しているものは少ない。

「ヤヨイさん、ヤヨイさん。ちょっといいですか?」
「なによ、話の途中でしょ?」
「いや、さっきから、愚痴ばっかり聞かされるこっちの身になってみてよ」
「・・・なにか問題でも、暇でしょ?」
「ヒマじゃねーよ、俺だって仲介人の仕事ってのがある。死神の仕事の具合を聞いているほどヒマじゃねーよ」
「なによ、器の小さい男ね。ついでにあっちも小さいくせに」
「見たのか、おい、見たのか!あれほどプライベートには干渉しないって誓っただろうが」
「・・・さぁ? 森永さんも大変よね。こんな短小をあいてにできるんだから」

 ついでにいうなら、森永には幸い霊感というものがないらしく、ヤヨイのいっていることはなにひとつ聞こえてはいない。つまりは、俺が最初から最後までひとりでぶつぶつとつぶやいているように聞こえるようだ。死神と話をしていると最初の頃打ち明けたところ、信じないだろうと思われもしたが、さすがはメンヘラな彼女は理解が早かった。『へー、そうなんだ』のひとことで事が済んだ。

 俺の仕事は死ぬとわかっている者に、心残りなく旅立てる用意をすることか、自らすすんであっちの世界に行こうとする人間を邪魔することだ。

「まったく。それで、今日の俺の仕事は、と」
死者のリストをペラペラとめくり、緊張していた肩の力が抜けた。どうやら今回は自殺の邪魔をすることではなく、前者、つまり心残りのないよう旅立てる用意をすることだった。

「毎回、嫌なんだよな。自殺者の説得をするの。もし、うまくいかなかったら、悔いが残る。俺のせいで死んだんじゃないのかってさ」
「考えすぎよ、幸助。死にたい奴は、死なせればいいのよ。幸助はやさしいから」
「そうはいってもだな。後味最悪だろ。自殺者を止められないなんて」

 そこで、俺はちらりと森永のほうを見た。森永は俺のひとりごとなどそっちのけでまだ2chに文句を垂れ流している。

「それもそうね。あんたの性格だものしかたない。で、今回の依頼はなんだったの?」
「え? あぁ、北千住にいるおばあちゃんがもうすぐ他界するんだそうだ。それの遺言の整理かな。突然死らしい。幸いにも老人ホームにいるみたいだ。これならコンタクトがとりやすいな」
「ふーん、あんたの祖母。つまりは私の先輩にあたるチヨ先輩もいい孫をもってしあわせね」
「なんだよ、薮から棒に?」
「別に」

 なにやら意味ありげにつぶやいたヤヨイのひとことが耳に残った。
「でも、今回の仕事。そう簡単にいくものじゃないみたいよ?」



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