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終わらない鎮魂歌を歌おう


vol_3/6   灯火のさきに



 八千草薫さんが住む老人ホームは、綺麗に整えられたゴシック調の建物だった。キリシタン系の建造物にも見方によっては見えなくもない。俺は孫の振りをしていつものように八千草さんの部屋の番号を聞き出した。

 コンコン。ノックをする。いつも、この瞬間がドキドキする。「はい?」という声で「失礼します」と孫ではないとあからさまにわかる受け答えで入っていく。「あら、まぁ。どちらさまでしょうか?」温和な声のとおり八千草さんとは、祖母にどことなく似てきっと孫想いのいいおばあちゃんなんだろうなということがすぐにわかる表情だった。いつものようにつつみかすさず言う。そして相手の反応を見極める「あの、私、生と死の仲介人をしている西園幸助という者です。今回は八千草さんがその・・・近いうちに他界することがわかったので来た所存です。なにか、心残りがありましたら、なんでもいいので私にいいつかってください」

 反応は人によって様々だ。ハァ? なにいってんのこいつ。という反応から、ああ、そうですかそうですかと憐れむ者を見るかのように。八千草さんの場合、前者の場合だった。「はぁ。そうなんですか。でしたら私、近いうちに死ぬことになるのね」驚くほど理解力がある方だった。もしくは、こんな奴を相手にするのが面倒だからわざと言っているのかもしれないが。

「ええ、ですから、そのまえに、・・・その、やり残したこと。すべてあなたに変わって私が引き受けます」いつもながら失礼と知りつつこの言葉を言う。それが生と死の仲介人の仕事なのだ。

「なにも」
「・・・なにも?」
「なにも、ないわ」
 八千草さんは窓の外を見て俺にそういった。
「そんなこと、ないでしょう。人はだれしも、この世に生まれてきた限り、やりたいことをみつけるものです。八千草さんはそれはないんですか?」
「なにも、なにもないわ」
「趣味でもいいんですよ。ほんの些細なこととかも?」
 八千草さんは、そして俺のほうを笑顔でむいてひとことこういった。
「なにも」

 老人ホームの玄関を抜けたところで、ヤヨイがいるのを発見した。
「どうだった? 八千草さんは?」
 俺は頭をふる。
「ダメだ。なにも心残りがないようだ」
「あんたを悪徳キャッチと勘違いしてるんじゃないの?」
 それはない。表情を見る限り、あの清々しさでは、本当に心残りがないのだろう。
 どうする? 黙ってここで立退く訳にもいかないし。

「ヤヨイさ。ちょっと、わるいんだけど、八千草さんの身辺調査たのんでもいいか?」
「えぇ、また?」
「頼むよ。それに、お前、俺の見習いだろ?」
「ハイハイ。わかりましたよ。リストが届いたときからだいたいこうなるだろうなってことはわかってはいたけどね」
 俺の祖母はヤヨイの先輩にあたる。霊感の強い者はときとして死んでから死神になる。死神とは聞こえは悪いが要は死んだものをあの世へきちんと送り届ける見届け人のことだ。ヤヨイはその祖母の後輩にあたある。祖母はヤヨイに外界へおりて俺の下でこっちの世界のことをもう少しだけ勉強するよう言いつけられたのだ。



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