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終わらない鎮魂歌を歌おう


vol_4/6   灯火のさきに



 人はいつか死ぬようにできている。それは、誰もとめられない自然の法則だ。人は死ぬ瞬間、なにを想って死ぬのだろう。ある者は言った。自殺未遂こそ最高の快楽なんだよ、・・・と。そいつはみずからの手首を幾度も傷つけ。電車に飛び込む妄想を何千何万回とした。当然、身体は生きていてもそんなことを繰り返していては精神のほうから先にあの世に行ってしまう。そうなってしまっては、もう手遅れなのだ。

 幸い、森永は寸でのところで思い止ませることができたが、俺はながいことこの仕事をやっていくうちに幾人かそういう人を見てきた。いや、見てしまった。俺の精神が影響を受けて同様に、むこうの世界にひきこまれないのは、単に死んだあとのそいつが見えてしまうからだ。

『後悔、しているのか』

 俺はあるとき、電車のホームでそいつに言った。そいつはこう答えた。

『正直、わからない。死ぬことを望んでいたのに、いざ死んでみるとこんなものかって思うよ。なぁ、あんたはそっちの世界で生きていくことはたのしいか?』
『・・・さぁ、俺も、正直、わからない。でも、生きていくことは正直、キツイよ。嫌なことだってたくさんある。死ぬほどつらいことだってたくさん見なきゃならないこともある。それでも、俺は生きていたいと思えるほど強くはない。だけど、・・・』

『だけど?』

『死んでから、後悔だけはしたくないんだ』

 そいつは笑った。そしてひとこと、こう言い残した。

『確かに、そうだな』



 ジリリリリリリリ・・・!
 それは、電車がブレーキをかける音ではなく俺の耳元で鳴り響く、目覚まし時計の音だった。
「ふぅ」
 俺は目覚まし時計のリセットボタンを押して目覚めの悪い朝を迎えた。生と死の仲介人をしているとたいていいつも昔の悪いことが夢にでてくる。なんとも気分の悪い話だ。
「おはよう、幸助。ごはん、できてるよ」
「あぁ、顔あらってからいくよ」
 森永と同棲しはじめて何ヶ月がたっただろうか。覚えていない。きっと日々が忙しすぎて覚えることを拒否しているんだろう。俺は洗面台にたち鏡にむかってこういった。

「で、どうよ。身辺調査のほうは?」
 背後にいるヤヨイにむかってつぶやいたのだ。
「どうもこうもないよ。本当にあのばあさん。たぬきだわ」
「・・・たぬき?」
「嘘がうまいってこと」

「じゃあ?」
「あったよ。心残りがね」

 朝食を済ませ、俺は今日もバイトの仕事へ向かう。それからあのばあさんの所へいくつもりだった。
「やっぱり死神はスパイにむいてるわ。なんせ相手からまったく見えないんだからな。霊感のある奴は除くけど」
 皮肉った俺をヤヨイが責める。
「あんたねぇ。そんなこと言うもんじゃないでしょうが。人がせっかく手伝ってやってるのに」
 ベルトのバックルをカチャカチャいわせ、俺は言う。
「おまえ、スパイの才能あるよ。いっそ、死神からスパイへ転職したほうがよくないか? 俺と組んでさ」
「じょーだん、きついよ。」

 ははは・・・。笑っている俺の表情は今朝から少しだけまともになっただろうか。
森永に行ってきますといって、今日も仕事に出る。生きている者はすべからくして仕事という辛酸をなめることになる。それは死んだ人間には決してできない、生きる者の特権なのだ。



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