INITIALIZE ORIGINAL NOVEL
終わらない鎮魂歌を歌おう
vol_5/6 灯火のさきに
翡翠荘っていうんだなここ。八千草さんが住んでいる老人ホームの名前をあらためてみて、俺は心のなかでつぶやいた。翡翠荘の手前で俺はヤヨイから情報を得た。
八千草薫。彼女が心残りにしているのは孫のことだという。孫は身体が不自由で、普通に喋ることはできても車椅子の生活らしい。それをなんとかしてやりたいがどうにもできないでいる。孫は祖母に心配をかけまいと健気につくしているが、どうも最近、病気のほうが悪いらしい。幸い、調べてみれば、まだ死神のリストにはのってはいない。祖母が旅立つ前に、孫が旅立つという最悪のシナリオだけは真逃れたようだ。医者の結果からすると孫は命には別状ないが一生、このままだという。まぁ、簡単にまとめるとこんなところだろう。
「で、俺にできることといったら、そうだよな。これしかないか」
俺はヤヨイとともに、翡翠荘へと足を踏み込んだ。目指すは八千草さんのいる病室。コンコンと軽くノックをし、なかへ入っていく。
「ご無沙汰してます。元気でしたか?」
八千草さんはやや訝しげに俺を見た。
それは、不審者がまた来たのかという視線に等しいものだった。
「まだ、信じられませんか?」
八千草さんは答えに戸惑った。
「私が、近いうちに他界するってことですか?」
「そうです」
「自分のことは自分が一番、わかっているつもりです。もちろん、病状がかんばしくないってことも」
八千草さんはまたも、窓の外に視線を移してつぶやくように話をしている。
「では、私が生と死の仲介人ということは、信じられますか?」
八千草さんは一瞬だけ俺の方をむいたが、すぐに視線を窓の外へと戻してしまった。
「なら、これならどうでしょう。私は死神となんらかわりません。ここで、はっきりと断言します。あなたは、近いうちに死にます。それは、もう確実にね。言葉遣いがガキっぽくて申し訳ありませんが、信用してもらうにはこの言い方のほうがいいでしょう。あなたの孫、車椅子生活なんですってね?」
今度は八千草さんは俺を親の仇のように見据えなおした。
「しってますよ。そりゃ、あなたにとっては死神のようなものですから。言葉は喋れても、五体満足ではない。具体的に言いましょうか? 足が不自由なんでしょう。あなたは、それを大層、気になされている。内心、そのことでいっぱいなんでしょう。違いますか?」
「・・・あなた、いったいどこでそれを?」
ヘタなアメリカンジョークを言ったあとのように肩をすくめると、俺は悪役を演じ続けた。
「だから、いったじゃないですか。私はあなたにとっての死神だと。これで信用してくれましたか?」
「はなはだ、疑問ね」
「・・・そうですか。そうですよね。なんせ、こんな姿してちゃあ。死神だなんて信用してもらえませんよね。でも、これだけは信じてください。あなたは近いうち確実に死にます。それはもう、確実にね。そのまえに、お孫さんに伝え残したこと、きちんとあなたの言葉でつたえてください。それが嫌だというのなら、手紙でもいいです。必ず、かたちで示してください。それがあなたに残された時間でできる最後の仕事です。俺のいいたかったことはこれだけです」
「死ぬ、死ぬってあなた。・・・あなたいったい・・・」
そこで振り返った八千草さんは表情を強ばらさせた。
「どうしましたか、そんなに驚いて」
無理もなかった。
そこで、八千草さんが見たのは宙に浮く俺の姿だったのだから。高さにしてほんの1メートルぐらいだかそこにはたしかに宙に浮く俺の姿があったのだ。
「これで、・・・信用してくださいましたか?」
八千草さんの答えを待たずして俺はその場を去るつもりだった。
しかし、八千草さんが俺を呼びとどめた。
「まって! あなた本当に死神なの?」
「死神だったら、とうにあなたの命、奪っていますよ。私は、正確には生と死の仲介人。・・・まぁ、どっちも似たようなもんですが。でも、これだけはおぼえといてください。あなたに残された時間は残りあとわずか。そのなかで、きちんとあなたしかできない仕事をしていってください。わたしが伝えたかったことはそれだけです。それが、生きている人間に残された義務なんですから」