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夢見草
vol_1.2 彼女の言い訳
※
玲奈の無言の視線に俺は敗れた。
「あー。はい、はい。もう、玲奈様に御迷惑はかけませんよ。すみませんでした」
俺がそのあと、どうしたのか。
当然、女の悲鳴が響きわたっちゃ、冷たい東京のビジネスマンも無視できねぇよな。
スーツ姿の親父どもに囲まれて、警備員が来る頃にゃ、美夏もどっかいっちゃうし。
身動きとれねーし。そもそも、最近のオヤジどもは、こういうメンドーなことなんて見て見ぬふりをするのが一般的なんじゃなかったのか。
俺は前を歩く玲奈を見ながら痴漢を許さない貴重な親父どもを思った。
「まったく、世の中、どうなっちゃったんだろうな。健全な若者を痴漢と間違えるなんて。・・・どこの世界に、従兄妹に痴漢するバカがいるってんだ」
俺は腹を立てた仕草をしてみるが一向に前を行く玲奈はふり返ってさえくれない。ただ、ひとことで終わり。
「そうね」
「そうねって、他になんかゆーことないの?」
ホームを行く玲奈の足が止まった。当然、後につづく俺も止まる。
ゆっくりとふり返った玲奈の予期せぬ笑顔に自然と後退っている自分。
「じゃあさ、ひとつ訊きたいんだけど。・・・なんで、北千住にいるの?」
「・・・え?」
「“え?”じゃないよ。
秋葉原にいたんだよね。ついさっきまで」
ついさっきまで?
冗談じゃない。アキバにちょっと買い物よっていこうから3時間以上経ってんだぞ。
手前と付き合ってたら、いつになったら正登に会えるんだ。
・・・とはさすがに言えず、代わりに視線を逸らした。
「まさか、帰ろうとしたんじゃないでしょうね。私をほっとらかして」
「そうです」
・・・冗談です。
突き刺さる視線を向けないでください。
「昔のダチがいるんだよ。美夏も知ってる奴だ」
「・・・だち?」
「友達」
「なら、そう言いなさいよ。ややこしい」
そこまで喋ったあとで、会話が続かなくなってしまった。
かつかつとホームを歩いて、俺は出口のコインロッカーで立ち止まる。
中に入ってある黒いリュックサックを取り出して入れ替わりに美夏がほっぽりだして行った忘れ物の紙袋を押し込む。
紙袋は意外とすんなりと納まり、扉を閉めようとして、玲奈にふり返り、訊いた。
「おまえの買ってきたパーツは?」
「え? なに?」
「パーツ。紙袋さげてたら邪魔だろ?」
意外と気が利くのね。そんな感じで無言で紙袋を手渡す玲奈から受け取ると、ロッカーに入れ、扉を閉めて、キーを抜いた。
右手にキー。そして、玲奈が気をよくして俺を見つめている。
笑顔を返して、これまた気の利いた冗談を返した。・・・つもりだった。
「おまえの、大切なパーツは預かった」
3
あーぁ、なんでこんな金髪の所へ呼び出されなきゃいけないハメになっちゃったんだろ。
用なら美夏とふたりだけで事たりたのに。
そもそも、この金髪がいけないんだ。美夏と従兄妹なんて。
昔はよく一緒になって遊んでいたあの頃の面影すらない腐れ縁のようになった幼馴染。
北千住の路地裏を歩く金髪を見つめながら思う。髪を金髪に染めてまで、いったいなにを考えているのやら。
「ねー。金髪君」
「なに?」
「なにじゃないよ。いつになったら、友達君に会えるの?」
「田嶋」
「田嶋君に会えるの?」
「あと、少し」
「そう言って、どんくらい歩いた?」
「もう少しだって。・・・だいたいおまえ、アキバで3時間もあるき回ってたんだから、こんなのへでもないだろが」
「3時間もあるいたから、言ってんの」
「それは、わるーござんした。お口を動かせる余力があるなら足を動かせ」
・・・なに、こいつ。
なんなのよ、いったい。
なんの権限があってそういうことを言えるの?
ふてぶてしさにも、ほどがある。私がいなかったら、あんた、留置所いきだったのよ?
「西崎君に会いに来たんだよね? 私たち。
なんで、あんたの友達に会いに行かなきゃならないの?
会いたいんなら、あんたひとりで行きなさいよ」
「そんなこと言っていた俺を、強引にアキバに連行したのは誰でしたっけ?」
「それは、その・・・美夏よ。美夏。私がいいだしっぺじゃないわよ。・・・たぶん」
記憶がすでに朧気になっていて、旋回する視点。
私、そんなこといったっけ?
「美夏がいいだしっぺで、玲奈をアキバに連れていった。そして、今、ここにはいない。
ちなみに、北千住に行って田嶋に会いに行こうって言ってたのも、美夏だ」
「うそつけ。私見てたんだから。美夏だけ呼んで、私には、しばらくひとりで行動しとけって言ったのあんたじゃない」
「歩き疲れたって言ったんだ。俺は玲奈みたくタフじゃねーし。
それに、美夏だって、歩き疲れたから休むって言ってたじゃん」
「・・・それが、なんだっていうの?」
私がそこまで言ってから、前を歩く金髪がふりむいた。
一瞬だけ見て、すぐに前を向いて歩きはじめる。
「なによ?」私がいぶかしげに訊く。
金髪は前を向いたまま独白するように答えた。
「・・・美夏が、そうしたんだよ。たぶん、無意識だと思うけど。
結果的にはそうなった。だから、しばらくふたりにしてやりたい。
俺たちがついて行ったって邪魔だし」
「美夏がひとりで、西崎君に会いに行ったっていうの?」
「他にあいつが行くとこなんてねーよ」
あきれた。
この金髪は、最初から全部わかっていてそれを承知でなにげない顔をしていた。
間抜けなふりして、当たり前に人の心を読んで、知らない顔をしていた。
「・・・金髪の分際で」
美夏の親友の私がわからなかったことを当然のごとく言い放つ美夏の従兄妹の背を見ながら呟いた。
聞こえないほどの声で呟いたのに、一瞬、文太がふりむき。すぐに前を向いた。
歩幅が遅くなっていることに私は今頃になって気が付いた。
・・・私の歩幅に合わせてくれている。そんな気がした。