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夢見草
vol_1.5 喧騒のなかの憂鬱
※
団子の串に連ねる4つの草団子。
田島君はヨモギの草団子をパックに入れて、その上からつぶのある餡をのせた。
輪ゴムでパックを閉じて、白いビニールの袋に安置するように入れる。
「おまちどうさま」
食べ終わった皿を盆の上に乗せて階段を降りた先に、田嶋君が藍色の法被を着て団子を売っていた。
「ありがとうございました」
接客といっていいのか、微妙だが、さすがにスキンヘッドの青年が団子を売っていると違和感がある。
せめて、たこ焼きなら、薄れる違和感が、団子。団子を売っているのになぜ、スキンヘッドなんだ。
しかもここは浅草じゃなくて北千住の裏路地だ。浅草イコール寅さん。
たこ焼きじゃなくて団子・・・。
「玲奈さん、どうしました?」
「いえ、なんでも・・・」
相手が田嶋君だけに素直に笑えない。
なんたって、たこ焼きが団子を売っているなんてことで笑えるはずがない。
「とても、おいしいかったです」
言ってから自分の日本語が変になっていることに気付く。
おいしいかったって、なんだよ。
日本語がどもるほど、おいしいかったです。
田嶋君が苦笑いしているので、私は心のなかで恥ずかしさを訴えた。
「玲奈さんっておもしろいですね」
いえいえ、田嶋君の方が輝いてみえます。
「そんなこと、ないですよ」
「皿は僕が取りにいくはずだったんですけど、なにぶん自分ひとりでやっているもんですから」
「猫の手も借りたいですか」
「ええ。できれば従業員のひとりも雇いたい所ですけど、アルバイトすら雇えない状態で」
普通の状態で恐い顔の人が笑うとなんとも意外に良い。
なにが良いって、ヤクザの親分になったような気分、・・・って、失礼にもほどがあるよな、私。
「よかったら手伝いますけど。団子のお礼に」
当然の礼儀のつもりで言ったつもりだったのに、
「本当ですか? でも、悪いですよ」
田嶋君は、私のついうっかりの礼儀に喰い付いてきた。
「でも、団子おいしいかったですし、いそがしそうですし」
「手伝ってくれますか?」
「・・・ええ」
田嶋君の諄々としたアルバイト勧誘の口説き方で美夏も騙されたという事実を知ったのは、
それからずっと後になってのことだった。
※
「田嶋君、やったね」
奥座敷に座る金髪が頬杖をついて、団子を販売する私にむかって言った。
なぜ、私に言う。田嶋君に言え。こっちは猫の手も借りたいほどいそがしいっていうのに。
私はちょっと、泣きたくなった。金髪め、知っててなにも知らせなかったな。
協同して私を騙したか。乙女を騙すとは、なんて野郎どもだ。
私は客の並びが途切れた隙をついて、文太に怒鳴った。
「金髪、おまえも仕事しろ!」
「なんで? 俺、団子ひとくちも喰ってねーし。せせこましく全部、喰ったの玲奈ちゃんだろ? 似合ってるよ。その法被」
いい気味だというような意図が見て取れた。
この野郎、いい加減、その顔を向けるな。危うく言葉に出る寸前で田嶋君が代わりに言葉を発した。
「でも、ホント。似合ってますよ、この法被。玲奈さんみたく綺麗な女の子がいるとやっぱり売れ行きが違うね。
文太が売り子やってたときなんて全然暇で、小説と同じで売れないんですよ。玲奈さん、こんな奴なんて鹿十、鹿十」
田嶋君の科白を聞いて、途端に癇癪を起こしたようにわめきだす文太を当然、鹿十する私たち。
それでもわめく文太をよそに、私は注意をする。
「お客さん、営業妨害ですよ。静かにしてください」
観念したのか、ふくれっ面の文太はそれでもぶつぶつと女々しく文句を呟きながら階段を上って去ってしまった。
「見ためよりも打たれ弱いのは、昔から直ってない」
階段を上り去った文太に、私は呟くように言った。
レジを叩き、いつのまにか聞こえてくる音は北千住の街の音。
すっかり夜のふけた商店街の裏路地を見つめて、私は咽喉が痛かったことも忘れ、仕事をする。
いろいろな不安や、つまらない現実を忘れるためには身体を動かす労働が一番だ。
階段を上った文太に口では悪い事を言ったけど、とりあえずの心労は吹き飛んでいた。
「玲奈さんって見ためは清楚そのものなのに、いうことはきついんだ?」
田嶋君がいつからか、私を見ていた。
「男がめそめそするのは嫌いなんです」
夜の町並みに行き交う人波。店に私と田嶋君がいる。とりあえず客の足並みは途絶えたようだ。
しばらく、街中の喧騒に耳を澄ませていた。
「今日は、すいませんね。手伝わせちゃって」
突然、田嶋君があの、はにかみを向けてきた。
「弟に会いに来たのに文太のせいで結局、今日は会えませんでしたよ」
私は嘘をついた。嘘をつきながらも、人に向ける笑顔は作れる。
「明日も手伝ってくれませんか?」
直球で訊くか。田嶋君の質問に、私はしばらく考えて、街中を見てから、こう答えた。
「団子をくれたら、します」