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夢見草


vol_2.0   桜舞い散る、日々。



   ※


 ひどく気怠けだるい感触しか、いまの俺には残されていないのだろう。
 他からみれば、よほど哀れにみえるのか、玲奈はなにも注文をしていないはずの俺に、黙ってアイスコーヒーのグラスを置いた。コルク製のコースターにグラスを伝い、水滴が染みた。

「今日も元気、ないね」
「鬱だからな」
「それだけの理由?」

 俺はそれを黙殺する。低く唸るほどの冷房の音。それが続いた。

「アイスコーヒー」
「・・・べつに頼んでない」
「どうせ、あんたが悩んでることなんて、小説のことか、香月ちゃんのことなんだからさ」
「だから、なんだよ?」
「相談、のってあげるよ」
「相談にのりたいのは、俺じゃないだろ?」
 玲奈は首を傾げて見せた。

 俺は玲奈の表情を見上げたが、あえて、なにもいわないことにした。
「今日も相変わらず、暇そうだな。この店」
「話をすり替えないでよ」
「客が来ないのは、おまえに魅力がねーからじゃねーの?」
「なによ、それ」
「・・・いい加減、理解しろよ」

 誰とも、いまは話たくない。
 言葉を扱うはずの人間のくせして。
 俺と玲奈は互いに視線を走らせて、「おごって、損した」玲奈は背をむけた。
 俺は玲奈の後姿をぼんやりとながめて、やっぱり、香月に話せることは言えないのだ。


   ※


 あえて、あのときになって、悔やむことがあるとしたら、心のなかを素直にいえなかったこと。
『・・・じゃあ、なぁに?』

「・・・好きだからにきまってるだろ、バカ」
 いまはひとりだけになってしまったブランコに揺られながら、俺は告白を実行した。
 止まっていたから、揺られている瞬間に、空を切り、俺は劣等感に苛まれて、

「俺より、うまく書ける奴に告白なんてできっこねーだろ」
 声は風の渦に溺れる。つながれた鎖に言葉が死んでいく。

「俺はまだまだ、ど素人」
「相手は有名人気小説家」
「俺はまだまだ、半人前」
「・・・でも、この気持ちは嘘じゃない」


 声を変え、連呼する。
 次の、・・・セリフは思い浮かばないままに、ブランコは勢いを失って、やがて止まっていた。
 そして、ただひとつ、一節のフレーズで言葉は簡潔にまとまった。

「俺は、おまえのヒモじゃねぇ」


   ※


 相変わらず、俺は物書きとしては失格だとおもう。
 そして、男としても。俺は今日も、商店街のあの場所に腰を下ろしていた。
 香月が来るはずの場所で、この場所からみえる人波を観察しながら。
 人間観察。香月には言い方が下品だといわれているが、俺はそう呼んでいる。

『たまに、人間が怖いことがあるんだ』
 いつの頃になるか、香月はこの場所で、俺にそういったことがあった。
『人の生き方ってつくづくアリじゃない。時間があれば、あるだけ働いたり勉強したり。それで、いつしか、気付いたら自分ってものがわからないまま、今の足元に必死にしがみつく自分がいて。家の両親ってそんなことばっかりだったから。小さい頃から、ほんとうに子供にいっても、どうしようもないことを私に愚痴ってたんだよ。・・・それでね、それで・・・・・』

 人波の喧騒を聞きながらの、香月の言葉は、なぜだか、たどたどしかった。
『私、ときどき、人間が嫌いになることがあるんだ。この場所から、みてるとね、なんとなく、そんな自分がわすれられるんだ』


 いつだって、この場所は、誰かが歩く場所であり、通りすぎる場所。
 俺たちは、ここからみることができる範囲で、いつだって精一杯にすぎない。
 きっと、いつかは、香月にうちあけられる日だって。

「おはよう」
「・・・オッス」
 声だけで、挨拶を交わし香月は静かに隣に座った。
「今日も、人波、多いね?」
「ああ」

 俺が、この場所からみる理由。

「なあ、香月」
「・・・ん?」
「俺、小説書くよ」
「いきなり、なに?」
「絶対、・・・おまえより、いいもの、書いてやるから」

 そして、俺たちは空気になる。
「・・・うん」




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