INITIALIZE ORIGINAL NOVEL


menuindexbacknext


夢見草


vol_2.1   現在進行形、ゆえの残片



   7


 風がまわる。
 音を回転する羽で裂いていく。
 空気が振動する声。なんでも切り裂く扇風機。この暑さ、一部分を切り裂く。

「あちぃんだよ。この、ばか」
 俺の声も裂いていく。

「馬鹿は、あんたよ」
「・・るせぇよ」

 扇風機に声を漏らすが、その言葉は、回転する羽により切り裂かれていく。
 先週、俺は仕事を辞めた。あくまでも、夜勤のバイトだが。
 それまでの俺は、きっと、どうかしていた。今になって、そう、おもう。
 俺には所詮、コンビニの接客は無理だったのだ。自給のいい、夜のバイトが俺の生活習慣を変えた。
 ああ、そうさ。どうせ、俺はコンビニの接客さえも、まともにできないさ。商品を買いに来ただけのあかの他人に営業スマイルなんてのもつくれない。

「これから、どうするつもり?」
 なぜ、ここにいるのか。いつから、ここにいたのか、俺のことを責める美夏。
「現実逃避の旅にでも、でかけようか?」
「それは、あたしも一緒にってこと?」
「嫌か。俺とじゃ?」

 こなごな。声が断片的に裂かれる扇風機に向かって、冷房が存在しない、安アパートの一室で美夏がいるというのに、俺は気兼ねすることもなく下着姿で扇風機に、ひとり、あたっている。きっと、美夏はこういうだろう。『あんたと一緒にいたら、息がつまる』などと。

「・・・いいよ。一緒にいっても」
「・・・・・」
「行くんでしょ? 旅に? あたしも一緒につれてってよ」
「・・・・やっぱ、やめた」

 ああ。ここは、都会だというのに、俺はなぜ、旅にいくなんて、いってるんだ。

「なあ、美夏」
「・・・なにぃ?」
 食器の擦れる音が扇風機の風圧のむこう側から響いてくる。
「俺は、東京にでてくれば、きっと、どうにかなるとおもってたよ」
「だから?」
「・・・慎也のことだって、俺も含めて、変われるんじゃないかってさ」
「・・・・」
「現実は、大変だよな。安易にブラウン管のむこうにみえる人の笑顔とかさ、信じるもんじゃないな。・・・それと、俺だけかもしれないけど、せっかく東京にでてきたのに、やりたいことがないままなんて、やっぱり、どこかおかしいとおもうんだ。俺は、コンビニ、それなりにこなせてたとおもうけど、そこにはどうしても、やりたいことがみつけられなかっただけなんだ」

「・・・だから?」
「やりたいこと、みつけてーよ」

「・・・・・」
「・・・・・」


 水道のながれるものと、食器の擦れる音だけが、プラスチックの羽の音に交ざり、ただただ響いてくる。
 俺はいま、自分がいった言葉を、きっと虚ろな眼をしているであろう、自我にむかって問いただす。
 俺がやりたいことは、なんですか? なんてね。
 きっと、俺はこう、答えるだろう。『そんなこと、わかってりゃ苦労してねーよ』

 “キュッ”っといかにも時代遅れの漫画のように、首を絞めるときに使う擬音で、水道と、食器の擦れる音は終わった。

「食事、おわったことだし、外にでもいこうか?」
「・・・・・」

 ぶううううううん。扇風機はまわる。
「気分転換にさ?」黄色いエプロンを脱ぐ美夏に、俺のゆびさきは、自然と電源のスイッチを押していた。


   ※


 国立のあたりに安いアパートをみつけたと騒いでいたのは、いつの頃だったか。
 たった数ヶ月で俺と慎也は、国立からアパートを移した。たった、ほんの数駅という差だったが、慎也が美夏のいるちいさな、探偵事務所に働けることになったのだ。西新宿にある、その探偵事務所で働くため、殆どいまでも、交通費につかってしまう給料だけれど、家賃が安いというただそれだけのために、いまは吉祥寺のほうにある、ボロアパートに住んでいる。美夏は、ついでにと、俺もさそってくれたが、当然、俺としても、おいそれとこの不景気にそんな人材を求めるほど、あの探偵事務所が儲かってないことぐらいは推測できる。だから、俺のぶんも、慎也にまかせている。そして、今日も慎也は働いて、俺はいつものように就職浪人をしている。

「ただ、それだけのことだよ」
「ふーん」

 サンロードを肩をならべて歩く俺と美夏は、意識的にどうでもいいことをはなしていた。
 どちらが、とか、そういうことではなく。雰囲気的にも、美夏が俺とおなじように接している。
 こちらに移り住んでからというもの、休みの日になると、美夏から会う、ということが多くなった。それでも、
 はなすことがなければ、ないで、無言のまま歩く羽目になるから、俺たちは、いつもと変わりない、
 どうでもいい会話に終始する。

「あいつら、元気でやってるかな」
「元気なんじゃないの?」
「・・・そういう、いいかたあるかよ」
「だって、あたし、正登の国立にいる頃の友達とかしらないし」
「しらなくても、しらないなりにさ。なんか、こう、・・・あるだろ?」

 そんなこんなな、そつな会話を繰り返し、俺と美夏は元町通りにある吉祥寺ロフトに入ってみたり、俺ひとりではいくはずもない、スターバックスの珈琲なんぞを飲むことをしながら、時間をつぶしていった。いつも、いく、井の頭公園につく頃には、それなりに、陽も暮れ始めていて、俺は結局、今日も、なにひとつ、そのなかで考えていたやりたいことについて、なにもおもいうかばなかった。公園にある湖のまわりを歩きながら、ただ、そっと、美夏に声をかけた。

「そういえばさ、おまえって、夢とかあんの?」
「・・・実は、あたしも、夢とかないんだ」
 何回か、井の頭公園には、美夏と来た事はあったが、それを聞いたのは初めてだった。

「初耳だ」
「いってないからね。探偵も、一応は生活のためだし。・・・好きでやってたとおもってた?」

 俺は黙って、振り返る美夏に頷いてみせる。
「あんな、性根しょうねのわるい仕事、美夏にしかできねーけどな」
「ひどいこというね。正登のほうこそ、やっぱり、探偵、むいてるとおもうけどな。その理由、知りたい?」
「・・・別にぃ」
「もう、そういうこと、いうところとか、あたしより性根、わるいよ」
「悪くて結構」

 たまに会っては、美夏が冷蔵庫にある材料で飯をつくってくれたり、
 そして、いまも、こんな会話をしている。美夏は、本当のところ、俺のことが好きなのではないだろうか?
 なんてことを、考えているあたり。俺自身は、いったいどうなのだろうか。



「でもさ、・・・」
 ふいにだしてしまった俺の言葉に、美夏がまた振り返る。
「ん?」

「・・・あ」
「あ?」

 俺たちは、完全にたちどまっていた。
「あ、・・・ありがとな。今日も、なんかいろいろと迷惑かけちゃったみたいだしさ」


 想定外。美夏の表情には、ありありと、その言葉があてはまっていた。
「本当だよ。この礼は倍返しさせてもらわないと」
 そういって、視線を逸らすあたり、
「でも、なんで美夏はそんなに俺のこと気づかってくれるんだ?」
「・・・なんとなく、よ。なんとなく」

 そういって、俺たちは、また歩きを再開していた。




next page


menuindexbacknext
+ INITIALIZE -
Copyright warning All Rights Reserved.