INITIALIZE ORIGINAL NOVEL
夢見草
vol_2.2 現在進行形、ゆえの残片
※
単純なこと、なんだよな。
俺は、部屋に帰ってから、いつもの眠れない理由について考えを巡らせていた。
仕事は、ある。だが、それは俺のやりたいことではない。
でも、嫌だろうが、むいてなかろうが、仕事をしなければどのみち、飯は喰っていけない。
じゃあ、仕事をすればいいじゃないか。ごくごくあたりまえのことだ。
ごくごく、あたりまえのこと。
自分自身がなにをやりたいのか、ただそれさえもわからずに仕事をやる。
暗い部屋。俺は布団のなかで考え込んでいた。慎也の寝ている気配を感じながらも、俺はただ、ひたすらに、この瞬間が悲痛でならない。正直、考えたくもない。だが、しかし、このことだけは、はっきりとさせておかなければならない。いったい、俺は、なにをやりたいのか。それさえも、わからないで、わからないままなんて。俺は嫌だ。
「じゃあ、またね」
「・・・あぁ」
俺と美夏は別れ際になって、駅前でそんな会話をしていた。
背をむけた俺に声をかけたのは美夏からだった。
「・・・あのさぁ」
井の頭公園のときとは逆で、俺が振り返るかたちになって、
「正登はずっとここにいるよね」
「・・・意味、わかんねーよ」
「突然いなくなったりしないよね」
俺は雑に美夏と視線を逸らして、頷いて、
「ここぐらいしか、俺の居場所はないし」
照れていたのだろう。あるいは、俺が言ったあとに双方とも照れていた。
美夏はなにも返事をしないで、俺の言葉を聞き終わると、いつのまにか姿を消していた。
あいつも、夢がないといっていたなぁ。
別れ際の美夏を想い返して、暗闇に視線をむけて、俺は横に寝ながら、
やっぱり、俺の居場所はここなのか。自問自答をしていた。
俺が、やりたいこと。俺の夢。
愁だったら、あいつだったら、俺でさえ、気付かない事を見抜いてくれるんじゃないか、
文太だったら、なにかいいアドバイスをくれるんじゃないか、
・・他力本願。自分の夢くらい、自分で決められないのか、俺は。
腫れぼったくなってきた眼をこすり、なにもわからないまま、俺は眠れない。
※
僕、もとい俺は、慎也が出て行った夕方頃の部屋にひとりで退屈をもてあましていた。
6時頃の夏の暑さがひと段落ついた。遠くから聞こえていた蝉の鳴き声も、窓枠に吊るした風鈴に変わって。
チリリン、チリリン。
『正登はずっとここにいるよね』
団扇(うちわ)を仰いで、浮かぶ美夏の表情をなんとなく想い返して、
「ここぐらいしか、俺の居場所はないし」
なんとなく言葉にした。本当にそうなのかすら危ういものなのに。
美夏の表情が浮かぶ。正登はずっとここにいるよね。
・・・いないかもしれないな。
風鈴が涼やかな音色の風に変える。
チリリン、チリリン。
・・・俺は、誰だろうか。
ふいに頭によぎった。これから先のことも、なにもわからない。
それなのに、自分のちからだけでは、どうすることもできやしない。
自分のことであるのに、それさえも俺はなにもできない無力な存在にすぎない。
ただ、ながれに、ながされているだけ。
「馬鹿らしい」
言葉に出してみる。
だが、少しも馬鹿らしくは響かなかった。
自分に酔っているだけだ。そう考え直して、でも、・・・なにもかわらない。
徹底的に、無力感が俺を縛っていた。
風鈴の音だけが響いて止まない。
チリリン、チリリン。
※
どこから道を踏み違えてしまったのだろう。
学生の頃は成績がよかったはずなのに。
どこで踏み違えた? どこで迷った? 見失った?
言葉だけが先に進み、頭が無駄に空回りを続けていた。
自分の心が一歩も進まない。進めない。幾らだって、過去を悔やむことはできるが、やり直しはきかない。
そんな、単純なことを理解しているのに、俺は馬鹿みたいに悔やみ続けて、終わった事を考えて。迷っているとしたら、今の自分の姿。見失ったとしたら今の自分自身。そんな簡単なことさえもわかっているのに、なにかに悔やまなければ気が済まなかった。しかし、幾ら悔やんだことで気が済むはずもないことぐらい、とっくに気付いているはずなのに、俺は今もこの場所に来てさえも、悔やみ続けていた。
「なぁ、美夏」
屈むような姿勢から、取り出し口に手を入れるところだった。
自販機を背にして美夏は缶コーヒーをふたつ、取り出して、俺に振り返った。
「どうかした?」
「・・・いや、なんでもない」
挙動不審気味な俺に、美夏は変な顔をして、黙ってベンチの隣に座った。
「はい、コーヒー」
黙って差し伸べる俺の手をかわし、缶コーヒーが首筋にあてられた。
「冷た!!」
瞬間、飛び退ける俺をみて、微笑む美夏。
「さっき、変なことを考えてたでしょう?」
さすが、探偵。一瞬にして、表情をみただけで心が読めたらしい。
「たとえば、スケベなこととか」
前言撤回。
「どお? あたしの推理。あたってる?」
「はずれてる」
「・・・いまのは、照れ隠しだ?」
「それも違う」
覗きこむような姿勢でこられたら、誰だって、視線をそむけるさ。
美夏は俺のささやかな抵抗に挑戦しているかのようだった。
「じゃあ、なに言おうとしてたの?」
俺はいわないつもりだった。
言葉というものは使い方を誤ると、とんでもない勘違いを招くことを俺は後に知ることになる。
「大切なこと」
安易に口に出してしまったその言葉に、美夏の頬は上気していたのだから。