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夢見草


vol_2.4   暇な探偵の横顔



   ※


 暇な原因はなにか。
 それは、そう。つまり、煮詰めて考えてしまえば、やりたいことが見つからないからだ。
 どんなに仕事があろうと、肉体労働がきつかろうと、つまらない時間でしかないからだ。
 つまらなければ、実際感じたものよりも時間というものは永遠に感じ、楽しいことならば、一瞬の砂時計のようにさらさらと指先からすり落ちていってしまう。つまりは、その差だ。あたしには、これといってやりたいことなどない。つまらないからこそ、暇なのだ。
 そして、いまも、暇だ。


「ねー。ねー。じゃあ、美夏ちゃんは本気で心配してるんだね」
「・・・はい」
「マサトくんのこと?」
「・・・・・はい」
「だって。おとうさん」
 おとうさんって、社長だよ。真由美さん。
 娘のあたしが心のなかで注意しているのに、それでも父は、
「やさしい娘に育ってくれたんだ。いいことじゃないか?」
 いやいや、汗、出てますよ。デコに。火照ってますよ頬が。
 健は、といえば、無感情を装っているが、隠しきれていないのがバレバレですよ。
 これでも本当に探偵事務所なんですか?


「ということは、もしかして美夏ちゃん・・・」
 いよいよ真由美さんは本題に迫ってきた。ひとりだけ突き進む。
「マサトくんのこと、好きなんでしょ?」
「いや、別に。ふつうですよ。ほら、あたしって誰にだって平等」
 健の視線が一瞬だけだったが、あたしをむいた。すぐ、モニタに移動してしまったが。
「うそーん」

 いや、真由美さん。あなたの時代錯誤な発言があたしに言わせれば、うそーんです。
「それより、ほら。本題に移りましょ。あたしがいいたいのはこんなことじゃないんですよ」
「美夏がいいたいんじゃなくて、あいつがいったことなんだろ?」
 イライラっとした健の愚言だった。

「やりたいことが、みつからない?」
 あたしはたまらず健をむいた。
「なんで、あんたが知ってんの?」
「ニートがいいそうなことだ」
 健はモニタに視線を据えてキーボードを叩いていった。
「本当なの。美夏ちゃん?」
「・・・ええ。まあ、そんなことですね」

「夢があっても叶えられるのは、ほんの一握りなんだけどな」
 冗談まじりでいう父の言葉。あと半分はまぎれもない現実だ。
 その例がいっているのだから間違いない。
「お酒を、飲ませたときなんですけどね」
「うん」

「あいつ、いったんですよ。あたしに、今の仕事を辞めて、自分にしかできない仕事みつけるって。・・・それで、その、あいつ仕事辞めたんです。でも、あいつ本当はやりたいことみつかってないんですよ。いまも」
 真由美さんは、あたしの言葉を聞いたまま静止した状態でみつめている。
「・・・それだけ?」
「それだけって、それだけですけど」
「ばかばかしい。やっぱ、ニートなんてろくなこと考えないな。考える暇があったら、身体うごかせばいいんだ。それか、俺みたいに違うこと考えるとかさ。方法論はいくらだってあるんだ。現実は数学みたいに模範解答なんてない」
「模範解答なんてないけどさ。ないから、自分で答えをみつけなければいけない。そうじゃないの?」
 あたしは逆に、健に問いただした。
 黙ったままの健はフンッといったか、いわないか。そっぽをむいた。

「じゃあ、どうすれば、マサトくんがちゃんと働いてくれればいいのかってことで美夏ちゃんは悩んでるのね?」
 真由美さんは、乗ってしまった相談から、あたしと健のなかをとりまこうとしている。別にそんなこと、しなくていいのに。
「いえ、あたしは、その。・・・正登が目標をもって生きてくれれば、それでいいだけなんです。あたしも、・・・夢とかないし」

 いってからしまったとおもった。
 あたしも、・・・夢とかないし。
 余計な事だった。


「そうか。美夏ちゃんもないんだね」
 真由美さんの表情が一瞬真剣になる。
 あたしより少しだけお姉さんだが、元刑事だった父に幾度となく補導されたという真由美さんは、これでもまだあたしとさほど歳はかけ離れてはいないのだ。それなのに、あたしは、真由美さんのこの表情はマネできない。幼い頃に家出を繰り返し、新宿で歳をごまかして水商売をしていた真由美さんは、あたしの血のつながっていない姉でもあり、かけがえのない友達でもある。おせっかいでもある姉に、これ以上、相談事はもちこめなかった。


「あたしは、仕事してるからいいんですよ。それより、問題は正登です」
 会話の軌道修正をせまると、それとなく真由美さんは微笑んでみせて、わかったといってくれた。
 そのことがどうしても、わがままな妹をあやすそれと似ていたので、あたしは逆に意地になりそうになった。

「じゃあ、どうしようか?」
 そういって、真由美さんは、意地になったことを見据えているかのようにあたしに訊いた。
「どうするって、・・・それを、あたしは訊いてるんです」
「・・・慎也はどうおもう?」
 真由美さんは、あたしのとなりに座る慎也にやさしい声でいった。
「正登くんと一番、近い場所にいるのはあなたなんだから、あなたの意見、聴かせてよ」
「・・・え、っとその」

 慎也が戸惑うのもわかる。
 真由美さんは実に色っぽい声色で訊いたせいで、慎也は顔を赤らめながら答えた。
「夢とか、僕もよくわからないけど、・・・わからないからこそ、悩む時間とか必要だとおもう。僕だったら、ほっといてほしい」
「ほっといてほしい。・・・か。そうね。私も少しまえだったら、そう感じてたかもね」

 次に黙って、視線で真由美さんはあたしに訊いた。
 どうする?

「ほっとけるわけない!!」
 あたしはなぜか、あたまにきていた。きてしまった。
「じゃあ、なんであたしにいったんですか? ひとりで悩みたかったら、ひとりで悩めばいいじゃない。なんで、あたしに訊くようなことするの? あたしは、訊かれたぶんだけは、答えようとしてるのに、なんでそれで、ほっといてほしいっていえるの?」
 真由美さんにいってもどうしようもないことを、あたしは真由美さんにむかっていった。
 落ち着くまで黙っていた真由美さんをみて、あたしはつくづくこのひとの妹だと自覚してしまう。


「それはね。あなたにしか、いえなかったからよ」
 下を向いていたあたしは背筋が震えた感じがした。
「理由は、自分で考えてみなさい」
 優しく、でも、厳しい真由美さんの言葉を聞いて、意味がよくわからないままに、言葉が響いた。ソファーに向き合って座っていた真由美さんは立ち上がって、ひと段落といった具合にあたしと慎也にいった。

「先のことなんて誰にもわからないんだから、あなたたちは、目の前の仕事を、精一杯がんばるべきなんじゃないの?」
 真由美さんはこういう人だ。いつだって前向き。あたしには到底マネなんてできっこない。

「ね? おとうさん」
 振り向く真由美さんは、まるでそこに父の顔があるとわかっているかのように、視線のあった父に訊いた。真由美さんのせいで火照っていく元刑事。眼鏡を人差し指で持ち上げて書類に落とす。


「・・・まあ、そういうことだ」




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