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夢見草


vol_3.4   盲目の小説家



   ※


 香月の部屋はどこか、陽の匂いがする。あったかく、なつかしい。
 もしかしたら、これは乱雑に積み重なれた大量の文庫本の匂いなのかもしれない。
 枕元に積まれた陽にやけて変色した文庫本たちに、俺は視線をむけた。
 これは、きっと図書館の匂いだ。そんなことに気付いた俺は、となりで香月の声を聞いた。


「無力な若者を、私は知っている」
「無気力な若者?」
「違うよ。無力な若者」

 布団に包まるように香月は視線だけを俺にむけたまま言った。
「西崎正登は無気力な若者で、宮島篤志は無力な若者」
「・・・そして、九龍香月は本しか友達がいない未成年」
 香月の視線が塞ぎ込む。
「ごめん」
「いいよ、別に。本当のことだし」
 傍らでうずくまる香月が、痛々しい。
「俺は、おまえが好きだ」
「え?」
「・・・好きだ」
「それは、私のどこをいっているの?」
「部分じゃなくて、・・・」
「全部?」
 香月は訊いた。好きになるのに理由はない。
 それと同じで、答えなんてなかった。
「・・・心だ」
「こころ?」
 とっさに言葉になった。
「曖昧」
「そうだな」

 香月に充たされるようになるには、いったいいつになるのだろうか。
 俺は傍らで布団を被って眠る香月が好きだ。
 なによりも好きだ。

「ねぇ、アツシ」
 香月が覗き込む。俺はそれを見届ける。
「どうして、抱いてくれないの?」
「好きだからだ」
「答えになってない」
「いつか俺が小説家になって、そしたら、おまえを抱く」
「私、おばあちゃんになっちゃうよ」
 香月の手が布団のなかで動いた。
 嘘発見器に香月の手が届く。
「・・・嘘つき」


   ※


「変な夢をみた」

 部屋を出て、俺は香月と遊歩道を歩いていた。
 香月は眠りからさめたばかりの夢見心地といった表情をしている。
 しあわせそうに見えた。香月は夢からさめた表情がいつだってしあわせそうだった。


「私がね、部屋にたくさんある陽にやけた文庫本たちを手で裂いて、一枚一枚たべる夢」
 ゆっくりと歩きながら、俺は答える。
「まるでヤギだな」
「そうなんだ。私の友達を裂いてたべる夢。でも、すごく気持ちいいの。友達が私の生きる糧になる。友達が私を生きることを支えている。裂いたページは全て私に足される。私は友達しかたべない。だから、私は友達でいっぱいになる」
「香月が求める友達はそういうものなのか?」
「そうだね。絶対に私を裏切らない。傷つけない。軽く見ない」


 それは、友達とはいわないよ。
 香月は夢からさめてさえも夢をみている。
 俺も見ている。きっと、この先もみているだろう。
 ずっと、ずっと。

「私は、きっと他人がこわいんだよ。信じたのに、裏切られるなんて耐えられない。文太は私のこと避けないよね?」


   ※


 自分の部屋について溜息が漏れた。
 溜息とは大袈裟だが、あきらかに疲れている。
 なにに疲れたのだろう。香月と付き合うことは苦じゃない。
 苦じゃないのに、疲れている。そして、また溜息が漏れた。
 薄汚い布団に倒れ込むと、卓袱台の上に鎮座するノートパソコンを見上げる。

「なぁ、どうして俺は文章が下手なんだろうな」
 問うが、やはりパソコンは無言だった。
「おまえならわかるだろう。毎日毎日、キーボードいじくりまわされてんだからさ」
 それでもやはりパソコンは無言だった。




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