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夢見草


vol_3.5   盲目の小説家



   ※


「私は誰も信じないよ」
 香月は布団のなかで俺にいったことがある。
「信じなくてもいい。だけど、陽の匂いだけじゃ眠れないときだってあるさ」
 蹲っていた。ただ、ひたすらに。
 現状を回避することにある。現実逃避でしかなかった。ただ、それだけが救いだった。最初に香月になぐさめてもらったとき、俺は香月を抱くつもりでいた。香月の異常なまでの怯えた表情をみるまでは。
「眠れないんだよ。ずっと」
 夜が更けていた。香月の言葉に俺は自然とその言葉を選んでいた。

「大丈夫だから、だいじょうぶ」
 子供に接するように香月の髪をなでてやる。香月は子供だった。
 本が友達で育ってきたという。人とかかわるのが怖いという。
 嫌われるから誰も信じない。傷つく事が怖いから誰も信じることができない。必死に自分を変えようとした。捨てようとした。一瞬だけだが、なれる瞬間があった。自分自身の存在と、現実を忘れられる瞬間があった。主人公になれる瞬間があった。それが小説だった。惨めな自分を忘れるために、自分を殺してきた。香月の小説はそうやってできている。香月の小説、つまりは、それは理論なのではなく、自分を殺してきた代償でしかない。ただ無駄に生きていると感じている自分へのつぐないでしかなかった。書くことをなしとげる、その代わりとして自分自身を見失う。


「変だよね」
「そんなこと、ない」
「小説ばかりが友達なのに、人が恋しいんだ」
「あたりまえだ」
「・・・作家なのに」
「作家以前におまえは女だ」
「じゃあ、さぁ」
「ん?」
「抱いてよ」


   ※


「信じなくちゃ、いけないんだ」

 俺が香月を抱けない理由。そんなのは、簡単だ。
 香月は、俺を信じてはいない。俺は香月に信じられてはいない。
 自己証明、自己満足。俺には理論なんてものはない。
 ただ、香月のために俺は書く。この気持ちが単なる自己満足だとしても、必ず俺は自己証明をしてみせる。



   ※


「小説は小説だよ。所詮は、小説。ただの文章の羅列。ただ、私が求める小説は読者に同情されるような小説じゃなくて、読者を先導する小説。私は誰かのために小説はかかないよ。誰かに寄り添うような小説は書きたくない。私は読者を導く小説を書く。それには理論が必要なの。決して疑いようもないほど完璧な理論が。私の小説を裏付ける理論が、陰から支える理論が」


 香月は少しずつだが変わりつつある。
 だが、俺は相変わらず無力なままだ。




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