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夢見草


vol_4.3   戻れない日々



「ひとつだけいっておきたいことがあるんだけど」
 理屈なんてどこにもなかった。全てのはじまりの日も、この物語のはじまりも。いきなり、アパートの部屋に訪ねるなり、家庭訪問でもするかのような要領で説教をはじめる。無論、親など同席しているわけでもなく、言いたいことは言いたいだけ言える。俺たちはもう、学生ではないのだから。


「いつまで、こんな生活、つづける気なの?」
 そんなこと、俺たち自身でさえ知っているはずがないのだ。
「そんなこと、わかるはずがない」
 真由美さんは微笑む。俺はしっかりと真由美さんを見据える。
「いままで、散々、にげてきたから?」
「・・・にげてきた?」
 慎也が真由美さんに問い直した。
「にげてきたんでしょ。理由をつけて、言い訳をかんがえて、理屈をこじつけて。・・・でも、本当に理屈なんてあったの? 理屈なんて、本当はあってないようなもので、根は理屈なんてない。ただのわがままだったんじゃないの?」

 俺たちがひきこもってしまった原因。
 理屈なんて、あるわけがない。理屈じゃなかった。
 今がら思えば、たったそれだけが全てのはじまりだった。
 現実から隔離し、他者からの視線から逃げ、そして、たったひとりだけの時間に戻りたかった。
 何者にも判断されない。評価されない。
 自分の価値は自分自身で、自分だけの意味を成す。
 他人の尺度にあわせる必要なんてなかった。
 そう、思っていた。


「上京すれば、なんとかなるなんて、甘い考えはこの際、捨てるまでもなく、わかったでしょ?」
 真由美さんの言っていることは正しい。なにひとつ、間違ってはいないだろう。
 だが、それを認めてしまえば、自分たちに非があることも認めてしまうことになる。
 ひきこもりという行動。自分の範囲内に収めること。ひきこもりをしてきて、なにひとつわからなかったと言えば嘘になる。
 俺たちは確かに逃げていた。だけど、証明しようともしていた。
 自分たちを否定、判断、比べる対象、それらを全て排除して、ありのままの自分を見てみたかった。
 だけど、それは証明すると同時に、時間を止めることでもあった。
 自分自身の心の成長と、経験を止めてしまうことでもあった。
 知りつつ、俺は逃げていた。


 抜け出せなかったのは、
 弱い自分を証明することになってしまうから。


   ※


 時間という概念すらなかった。
 昼も夜も、今日も明日も、時計のない生活がはじまり、そして続いた。
 退屈な日常だったが、不思議と日を重ねるごとに心のなかの不安はひとつづつ消えていった。
 だが、ある日を境にゼロに戻った疑問符は逆にひとつづつ増えてもいった。
 自分を証明するための行為が、逆に証明できないと知ることになった。
 外からのなんの情報もない閉鎖された部屋で、自分を証明することなど所詮は無理だったのだ。
 俺たちは知っていた。だけど、一度閉ざしてしまった扉を開くことが困難だということも知っていた。
 俺たちは行き詰っていた。完全に時間が止まってもいた。
 本当の答えなんてない問答を繰り返し、それでも止むことはない。

 そして、ひとつだけ気付いた。
 なぜ、出られないのか。抜け出せないのか。
 それは証明してくれる誰かを待っているからだと。
 開かずの扉を見つめて俺は知っていた。
 証明するために他者を排除して、でも、結局は他者がいなければ自分という存在を証明することはできない。
 俺たちは知ってしまった。
 だからこそ、いまさらになって、抜け出せなかった。


 俺たちは間違っていたのか?
 俺たちはなにを証明しようとしたのか?
 俺たちが探していたものは、なくしたものだったのか?
 残ったものは疑問符だけだった。証明する欠片もなかった。
 そして、ただ、ひとつ。思い知らされた。
 失った時間はどうやっても戻らない。


   ※


「なぁ、西崎。これだけはいっておく」
 葵藍荘からあらかたの荷物をまとめ、古橋はいったん実家へと帰ることになった。
 バス停でそんな古橋の姿を最後に見た、そんな折、古橋が放った言葉が忘れられない。
「他人が自分を評価する。これが社会だ。・・・だけどな、だからこそ、意味があるんだ」
 そして、古橋らしく、最後にもう一言。
「いまのは、おまえにいったんじゃない。俺、自身にいったんだからな」
 古橋を見た、最後の瞬間。
「じゃあな、兄弟。たのしかったぜ。・・・なんつってな!!」

 俺と慎也はただ、その場に立ち尽くしていた。
 葵藍荘を巣立った仲間を乗せたバスを見送るだけで。
「なんだったんだろうな、あいつ。変な奴だったな」
 そういう会話に出てくるような奴でもあった。
「・・・でも、いい人だった」
 そんな奴だった。
「俺たちも帰ろう」

 まったく、不思議でたまらなかった。
 なぜ古橋が帰るのか、俺たちはあいつと仲良くなり、こうして見送っているのかさえも。
 止まったはずの時間は、知らないところで動き出していたのだから。




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